シーン6:噂の発生「気配の薄い令嬢」
噂は、いつも静かなところから始まる。
誰かが言い出したわけではない。
決定的な出来事があったわけでもない。
ただ、
小さな違和感が、何度も重なった。
「……あれ?」
授業の合間、
空いた席を見て、誰かが首を傾げる。
さっきまで、
誰かが座っていた気がする。
「レイス嬢、もう戻った?」
「え? いた?」
「ほら、公爵令嬢の……」
言われて初めて、
「ああ」と思い出す。
「いつの間にかいないよね」
「気づくと席が空いてる」
声は軽い。
面白がっているだけだ。
悪意はない。
むしろ、少し不思議で、少し楽しい。
「忍者みたい」
「影が薄いっていうか」
笑い声が上がる。
誰も責めない。
誰も不安にならない。
ただ、
話題として消費される。
図書室でも、同じだ。
「さっき、ここに――」
「……あ、違ったかな」
書架の間で、
人が一度立ち止まり、
そのまま通り過ぎる。
レイス本人は、
それを知らない。
知る必要も、感じていない。
彼女は、今日もいつもの席にいる。
ノートを開き、
魔導書を読み、
余白に文字を書き足す。
集中は、途切れない。
(……静か)
それだけで、評価は終わる。
声をかけられない。
視線も、留まらない。
(便利ね)
理由は考えない。
問題も感じない。
ただ、
読書が捗る。
外で、
自分の名前が噂されていることも、
少しずつ言葉が形を持ち始めていることも、
彼女は知らない。
「気配の薄い令嬢」
それは、
学院の中で共有され始めた呼び名だった。
否定的ではない。
好意的でもない。
ただ、
扱いやすい距離感を示すラベル。
この時点で、
社会的な影響は、すでに始まっている。
結界は、
魔法としてだけではなく、
人の認識の中にも根を張り始めていた。
本人が気づかないまま。




