シーン4:視線が邪魔だと気づく(第二段階)
音は、届かなくなった。
それだけで、
図書室の奥はずいぶん静かになる。
呼びかけは成立しない。
声は、途中でほどける。
(……いい)
レイスは、再び本に戻った。
文字を追い、
思考を沈める。
だが――
完全ではなかった。
ふと、
背中に何かを感じる。
視線。
誰かが、こちらを見ている。
(……)
振り返らない。
確認もしない。
それでも、
集中の糸が、わずかに緩む。
見られているだけで、
思考は浅くなる。
(……そうか)
音は、干渉の一部にすぎない。
(視線も、干渉ね)
内心で、そう定義する。
見られるという行為は、
触れられていなくても、
確かに近い。
意識が、引き寄せられる。
レイスは、視線を本から外し、
周囲を見渡した。
数人の学生がいる。
誰も、悪気はない。
ただ、
何か珍しいものを見るように、
時折こちらに目を向けているだけだ。
(……見えなくする?)
一瞬、そう考えて、すぐに否定する。
光学迷彩。
不可視化。
それは、防御だ。
拒絶だ。
それに――
図書室で使うには、
少し騒がしい。
(違う)
必要なのは、
消失ではない。
存在は、ここにあっていい。
見えていても、問題ない。
(重要度を下げる)
その言葉が、
すっと、腑に落ちた。
人は、
見えていても見ないものがある。
壁の染み。
天井の梁。
毎日通る廊下の角。
そこにあるのに、
意識に上らない。
(……それでいい)
レイスは、ノートを開く。
遮断。
防音。
その延長線上に、
新しい項目を書き加える。
――認識の優先度制御
難しい言葉だが、
意味は単純だ。
「気づかない」
「後回しになる」
視線は、向く。
だが、
留まらない。
(できるかどうか、じゃない)
やることは、
もう決まっている。
音を、行き先ごとほどいたように。
視線も、
意味づけの手前でほどく。
レイスは、静かにページをめくった。
結界は、
防御から、さらに離れていく。
まだ誰も、
それが“結界”だとは呼ばない。
けれど、
世界との距離は、
確実に広がり始めていた。




