シーン2:防音魔法という誤解(第一実験)
図書室の一角、
人通りの少ない書架の間。
レイスは、数冊の魔導書を積んでいた。
《簡易防音魔法入門》
《日常生活に役立つ遮音術》
《会話対策魔法・初級編》
どれも、よく売れている。
装丁も分かりやすく、
効果が即座に得られることを売りにしている。
(……まずは、既存の方法)
ノートを開き、
簡単な魔法式を確認する。
詠唱は短い。
構造も単純だ。
レイスは、視線を周囲に走らせ、
誰もいないことを確認してから、
小さく魔力を流した。
空気が、わずかに揺れる。
音が――
遠のいた。
自分の呼吸音が、布越しに聞こえるような感覚。
書架の向こうの足音が、消える。
(……効いている)
検証のため、
彼女は口を開く。
「……テスト」
声は、自分の耳にすら届かない。
数歩先に、学生がいた。
その学生が、何か言っている。
唇が動く。
だが、音はない。
(なるほど)
遮音性能は、十分だ。
少なくとも、音は消えている。
だが――
学生は、こちらを見ている。
少し首を傾げ、
距離を詰めてくる。
「……?」
声は聞こえない。
それでも、話しかけようとする意思は、
はっきりと伝わってくる。
距離が縮まる。
手が、軽く振られる。
(……そう)
音が消えても、
行為は消えない。
話しかける、という行動そのものは、
止まっていない。
学生は、口を動かし続けている。
表情も、仕草も、変わらない。
(これは……防御ね)
レイスは、魔法を解いた。
音が、戻る。
「……聞こえてる?」
「ええ」
短く答える。
学生は安心したように笑い、
特に疑問を持たずに立ち去った。
書架の間に、再び静けさが戻る。
レイスは、ノートに視線を落とした。
防音魔法。
遮音。
音の遮断。
すべて、結果への対処だ。
「これは防御ね」
言葉にして、確認する。
「私が欲しいのは、起点の消失」
話しかける、という行為が
生まれない状態。
音を止めるのではない。
音が発生しない状況を作る。
その違いが、
はっきりと輪郭を持った。
レイスは、ノートの余白に新しい線を引く。
音が消える → ×
話しかけが起きない → ○
(……視点を変えましょう)
これは、魔法の強度の問題ではない。
方向の問題だ。
世界の常識が、
少しだけズレた。
結界進化の、
最初の一歩が刻まれる。




