第二章 「話しかけられないための魔法研究」 シーン1:集中を妨げる「善意」
学院図書室は、今日も静かだった。
少なくとも、外から見れば。
レイスは、奥の席で魔導書を開いている。
書架に囲まれ、視界の端に人の動きが入らない場所。
集中するには、ちょうどいい。
ページをめくる。
数式を追う。
余白に、小さく印をつける。
(……ここ、前提条件が一行抜けてる)
思考が、深く沈みかけた、そのとき。
「ねえ、レイスさん」
声がした。
顔を上げる。
同級生の一人が、少し遠慮がちに立っている。
「何を読んでいるの?」
純粋な好奇心。
悪意は、欠片もない。
「魔導理論書よ」
「へえ……難しそうだね」
そう言って、去っていく。
レイスは、また視線を本に戻す。
沈み直す。
――数行進んだところで。
「すみません」
今度は、別の声。
「分からないところがあって……ここ、どういう意味ですか?」
ノートを差し出される。
質問は的確で、真面目だ。
「それは、前提が二つあって……」
簡潔に説明する。
相手は礼を言って戻っていく。
悪くない。
むしろ、正しい交流だ。
(……問題はないわ)
そう思いながら、
もう一度、思考を沈めようとする。
だが――
少し、浅い。
集中の層が、薄くなっている。
また、ページをめくる。
「レイス嬢」
声。
今度は、顔見知りだ。
この前、廊下で会った学生。
「その本、面白い?」
「ええ」
短く答える。
相手は微笑み、
何か言いかけて、結局何も言わずに立ち去る。
残されたのは、
途切れた思考だけだった。
(……なるほど)
苛立ちはない。
怒りもない。
誰も、悪くない。
むしろ、全員が善意だ。
それが、少しだけ困る。
集中は、壊されるものではない。
削られるものだ。
一度削られると、
元の深さに戻るまで、時間がかかる。
レイスは、しおりを挟んで本を閉じた。
(……集中は、遮断できないのかしら)
問いは、自然に浮かんだ。
防ぎたいわけではない。
拒絶したいわけでもない。
話しかけられる前に、
話しかける必要が生まれない状態。
干渉が、
そもそも発生しない状況。
(……できそうな気がする)
理由はない。
確信でもない。
ただ、
今まで読んできた理論が、
頭の中で静かにつながり始めている。
レイスは、ノートの新しいページを開いた。
そこに、題名を書く。
――「遮断について」
まだ魔法ではない。
ただの、思考の整理だ。




