シーン8: 価値基準の確定
学院図書室は、夕方になると一段と静かになる。
窓から差し込む光は柔らかく、
人の影は長い。
本を閉じる音も、控えめだ。
レイスは、いつもの席に座っていた。
開いているのは、
昼から読み続けている魔導理論書。
横にはノート。
余白は、すでに少なくなっている。
定義の書き直し。
補足説明。
疑問符と、仮説。
ページをめくるたびに、
ノートの行が増えていく。
(……増えたわね)
少しだけ、満足感がある。
外では、
まだ人の気配があるはずだ。
廊下では、誰かが笑っているかもしれない。
明日の予定を話し合っている声も、
どこかで響いているだろう。
けれど、
ここまでは届かない。
それが、今はちょうどいい。
社交は、消える。
その場では意味があっても、
時間が経てば、形を失う。
覚えていなければ、なかったのと同じだ。
注釈は、残る。
読んだ証拠として、
考えた痕跡として、
次に読むときの足場になる。
レイスは、ノートを一度閉じ、
指で表紙をなぞった。
迷いはない。
どちらを選ぶかは、
最初から決まっていた。
(社交より、注釈の方が楽しい)
それは逃避でも、反抗でもない。
ただの、好みだ。
ページを閉じる音が、
静かに響く。
今日も、
物語的な出来事はいくつもあった。
けれど、
彼女の中に残ったのは、
文字と、考えと、余白だけだ。
それでいい。
レイス・フォル・デイオールは、
今日も社交界に出なかった。
そして、
それを後悔しなかった。




