シーン6:魔導書を読み漁る日々の始まり
それから、数日が過ぎた。
特別な出来事は、何もない。
それが、何よりの変化だった。
レイスの一日は、単純になる。
授業に出る。
必要な実技はこなす。
終わったら、図書室へ行く。
それだけだ。
学院図書室の席は、いつの間にか決まっていた。
窓際でも、入口近くでもない。
書架に囲まれた、少し奥まった場所。
光は十分で、
人の動きが視界に入りにくい。
(……ここがいい)
そう判断してから、
彼女はそこに座るようになった。
ノートを開く。
魔導書を開く。
読みながら、
余白に小さく文字を書き込む。
定義の補足。
前提条件。
実験例の欠如。
(ここ、曖昧)
書いて、戻って、読み直す。
時間は、すぐに溶ける。
実技は、最低限でいい。
合格点が取れれば十分だ。
理論は、楽しい。
考えた分だけ、返ってくる。
社交は――
コストが高い。
消耗の割に、
残るものが少ない。
(会話より、脚注の方が誠実)
内心でそう結論づける。
脚注は、
後から何度でも読み返せる。
誤りがあれば、修正できる。
会話は、
その場で消える。
だから、
どちらに時間を使うかは明白だった。
気づけば、
周囲の動きが変わっていた。
声をかけようとして、
やめる人。
近づきかけて、
進路を変える人。
理由は、分からない。
レイス自身、
何かをした覚えはない。
ただ、
集中して読んでいるだけだ。
それなのに、
自然と、距離ができる。
(……静か)
悪くない。
むしろ、助かる。
この感覚を、
彼女はまだ「結界」と呼ばない。
魔法でも、
技術でもない。
ただ、
近づく必要がない空気が、
そこにあるだけだ。
世界は、まだ気づいていない。
この小さな変化が、
後に大きな隔たりになることを。




