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読書好きの悪役令嬢は、世界の筋書きを読まない  作者: 南蛇井


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シーン2:最初のイベント ― 廊下での遭遇

入学式が終わると、学院の廊下は一斉に動き出した。


ローブの擦れる音。

靴音。

名前を呼ぶ声。


人の流れは多いが、どこか規則的だ。

毎年、同じ角度で、同じ場所に人が集まる。


レイスは、その流れから少しだけ外れて歩いていた。

配布資料を確認しながら、進路案内の矢印を目で追う。


次の瞬間――

曲がり角の向こうから、誰かが来た。


ぶつかる。


そう思ったが、実際には肩が触れるか触れないかで止まった。


「失礼」


ほぼ同時に、声が重なる。


レイスは一歩下がり、軽く一礼した。


「こちらこそ」


それだけの、短いやり取り。


だが、

廊下の空気が、一瞬だけ止まった。


周囲の会話が途切れ、

視線が集まる。


(……あ)


この感覚には、覚えがあった。

意図的に作られた間。

盛り上がる前の、静止。


顔を上げると、目の前に立っていたのは

整った容姿の青年だった。


王太子アレイン・リオ・セルヴァ。


――攻略対象。


世界側の想定では、

ここは「運命的な再会」だ。

一瞬の接触、意味深な沈黙、

好感度が上下するポイント。


けれど、レイスの頭に浮かんだのは、別のことだった。


(……この人、さっきも見た気がする)


入学式の壇上。

貴族席の前方。

視線が集まっていた人物。


そういえば、配布資料にも名前があった。

確か、王太子。


だが、

それ以上の感想は出てこない。


「お怪我はありませんか?」


青年がそう言った。

丁寧で、非の打ち所がない。


「ええ、大丈夫です」


返答も、形式通りだ。


「それでは」


レイスは、再度一礼して歩き出した。

止まらない。

振り返らない。


世界が用意した「間」は、

使われないまま、宙に残る。


背後で、誰かが小さく息を呑む気配がした。


「……今の、殿下だよね?」

「公爵令嬢の……」


囁きが再開される。


アレインは一瞬、

去っていく背中を見送った。


想定では、

ここで何かが始まるはずだった。


だが、

始まらなかった。


レイスは歩きながら、

頭の中で次の予定を確認する。


次は、教室の場所。

その後、図書室の位置確認。


(……名前、何だったかしら)


思い出そうとして、やめた。


必要になったら、資料に書いてある。

覚えておく理由は、今のところない。


彼女にとってこの遭遇は、

イベントではなかった。


ただの、人混みの中の一瞬だった。

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