第8話「王都からの召喚」
それは、定時の鐘が鳴った翌朝のことだった。
ギルドの扉を押し開けると、見慣れぬ鎧姿の一団がホールに立っていた。鎧は銀に輝き、胸には王国の紋章。王都直属の騎士団――その重苦しい気配に、空気が張り詰める。
「冒険者佐藤蓮、ならびに僧侶リシア。王都に同行していただきたい」
騎士の一人が硬い声で告げた。
突然の名指しに、ホールがざわついた。
「おい、あの八時間坊主が?」
「王都に呼ばれるなんて、本気かよ……」
黒鎧の冒険者たちでさえ、言葉を失っていた。
「理由を伺ってもいいですか?」
僕が一歩前に出ると、騎士は頷いた。
「王都では、冒険者や兵士の過労による戦力低下が深刻になっている。噂に聞く“定時帰り”の力を、陛下ご自身が確かめたいと仰せだ」
リシアが目を見開いた。
「つまり……王都も“ブラック”になっているのですね」
騎士の口元が苦く歪んだ。
「兵士の多くが徹夜での警備や訓練に耐えられず倒れています。しかし宰相は“怠け者の言い訳”と一蹴するばかりで……」
その言葉に、胸の奥でかつての記憶が疼いた。
夜通し働かされ、倒れた仲間を「自己責任だ」と笑った上司の顔。
あの世界も、この世界も同じなのか。
「わかりました。王都に行きます」
そう答えると、リシアが力強く頷いた。
「私も一緒に」
*
馬車に揺られ、王都へ向かう道は長かった。
途中の村々で、過労に倒れた兵士や冒険者の話を耳にする。
“定時を守る冒険者”の噂は既に広まり、村人たちは僕を見て安堵の表情を浮かべた。
「本当に来てくれたんですね……」
「王都を、どうか救ってください」
その声を聞くたびに、背負うものが重くなる。
*
数日後、城門を抜けて見た王都は壮麗だった。
高い城壁、整備された街路、広がる市場。
しかしそこに立つ兵士たちの目は、濁っていた。
瞳の下には隈、姿勢は崩れ、今にも倒れそうな者もいる。
ギルドよりもさらに巨大な建物――王城の謁見の間に通されると、そこには王と、その隣に冷たい目をした宰相がいた。
「お前が“定時帰り”か」
宰相の声は嘲笑に満ちていた。
「八時間しか働けぬ怠け者が、王都の危機を救えるとでも?」
王は厳しい表情を浮かべながらも、口を開いた。
「だが宰相よ、兵士たちの疲弊は明らかだ。休むことが力になるのならば、試す価値はある」
その瞬間、僕は確信した。
ここは戦いの場だ。剣と魔物ではなく――
“働き方”を巡る戦いの舞台。
「僕が証明します。休むことが、どれほど人を強くするかを」
声は、広間に静かに響いた。
(つづく)