第7話「市民が呼ぶホワイト冒険者」
街の石畳に戻ると、朝の市場はもう活気づいていた。
野菜や果物を並べる商人たち、魚を捌く料理人、子どもを抱えた母親――みんなが僕とリシアを見つめていた。
「……あの人だ」
「昨日、畑を救った冒険者」
「八時間で帰るっていう、変わった奴だろ?」
噂はすでに広がっていたらしい。
畑の老人が僕に向かって声を張り上げた。
「おい兄ちゃん! 昨日の畑、ほんとに助かったよ。今朝は苗が生き生きしてる!」
拍手が起こり、周囲の人々も頷く。
その輪の中で、リシアが小さく微笑んだ。
「ほら、あなたを笑う人ばかりじゃない」
胸の奥が少しだけ軽くなった。
*
ギルドに戻ると、黒鎧の冒険者たちが先に帰ってきていた。
彼らは仲間の怪我を引きずりながら報告に来たらしい。
だが受付嬢は眉をひそめ、冷ややかに言った。
「規約違反で依頼を横取り? 報告も遅れているし、処罰対象よ」
「ふざけるな! 俺たちは本物の冒険者だ、あんな八時間坊主に負けるなんて――」
「でも、実際に依頼を果たしたのは佐藤蓮さんとリシアさんよ」
受付嬢の声ははっきりしていた。
黒鎧の連中は顔を真っ赤にして黙り込み、ホールはざわついた。
「八時間で帰る冒険者が依頼を成功させた……?」
「無理を押し付けて倒れるより、よっぽどいいじゃないか」
市民と若い冒険者たちが口々に言う。
視線の中には、憧れのような光すら混じっていた。
*
夕方、鐘が鳴る。
僕はリシアと肩を並べ、街の門を出た。
そのとき、背後から声が飛んだ。
「ホワイト冒険者!」
振り返ると、子どもたちが笑顔で手を振っていた。
昨日まで「定時坊主」と嘲られていた言葉が、少しだけ誇らしい響きに変わる。
「……ホワイト冒険者、か」
リシアがくすりと笑った。
「悪くない呼び名ですね」
僕は頷いた。
働きすぎを当然とする街で、定時を守ることが“正しい”と認められ始めている。
まだ小さな火種だ。だが、この火を絶やさなければ――。
「俺たちは、ここからだ」
夕焼けの風が、心地よく吹き抜けた。
(つづく)