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第6話「定時を守る者、無茶を強いる者」

 森の奥に、じりじりとした緊張が広がった。

 目の前には、黒い鎧に身を包んだ五人の冒険者。昨日僕を追放し、今また依頼を横取りしようとしている。

 その口元には、あの課長と同じ笑みが浮かんでいた。――「無理をして当然」。


「おい、定時坊主。こっちは五人だぞ。八時間で働けるだけのお前に、何ができる?」

「僧侶の嬢ちゃんも巻き込んで、泣かせるんじゃねえぞ」


 リシアが一歩前に出て、毅然と声を上げた。

「依頼は正式にギルドから受けました。報酬を横取りするのは規約違反です!」


 その言葉に男たちは嘲笑した。

「規約? 弱いやつは守られて当然だとでも? 現実を知らねぇ嬢ちゃんだ」


 僕は静かに棒を構えた。

「僕は、八時間しか働けない。でも――その八時間は全力で使う」


 男たちは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嗤った。

「おもしれぇ。なら証明してみろ!」



 最初に飛びかかってきたのは、大剣を持つ巨漢だった。

 振り下ろされた剣を、僕は棒で受け止める。衝撃で腕が痺れるが、倒れない。

 巨漢の隙を突いて、足を払う。地面に倒れ込んだところに、リシアが詠唱を終える。


「《聖縛》!」


 光の鎖が絡みつき、巨漢は身動きを封じられた。


「くっ……!」


 二人目が背後から突っ込んでくる。

 だが僕は一歩下がり、体勢をずらしてその突進を空振りさせる。

 無駄な力は使わない。必要なときだけ全力を出す。

 それが、社畜時代に学んだ唯一の「効率」だった。


「くそっ、遊んでんのか!」


 三人目、四人目が同時に襲いかかる。

 リシアが短く祈りを捧げ、僕の体に光を纏わせる。

 温かさが腕を満たし、踏ん張りが効いた。

 彼女の回復と支援が、僕の八時間を支えてくれる。



 最後の一人――リーダー格の男が舌打ちした。

「八時間だかなんだか知らねえが、無能のくせに粋がりやがって!」


 彼の剣が唸りを上げて突き出される。

 僕はその刃を棒で受け、火花が散る。

 力で押し負けそうになる――だが、そのとき鐘が鳴った。


 カン……カン……カン……


 定時。

 視界が一瞬暗くなり、全身がふっと止まる。

 動かせない――そう思った刹那、あの感覚が押し寄せた。


 熱。

 全身にみなぎる力。

 定時外の“覚醒”。


「な、なんだ……!?」


 リーダー格の男が目を剥いた。

 僕は棒を振るい、彼の剣を弾き飛ばす。衝撃で男の体が地面に叩きつけられる。

 周囲の冒険者たちが息を呑んだ。


「定時を守るからこそ、強くなれるんだ」


 僕の声は、森に響いた。



 戦いのあと、黒い鎧の連中は倒れ伏し、立ち上がることもできなかった。

 リシアが肩で息をしながら僕を見つめる。

「……やっぱり、あなたは特別です」


 僕は首を振った。

「特別じゃない。ただ、無理をしないと決めただけだ」


 街に戻れば、また笑われるだろう。

 でも、確かに今日ここで見せた。

 無茶を強いる者より、定時を守る者の方が強いのだと。


 その証明こそ、僕の存在理由になる。


(つづく)

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