第6話「定時を守る者、無茶を強いる者」
森の奥に、じりじりとした緊張が広がった。
目の前には、黒い鎧に身を包んだ五人の冒険者。昨日僕を追放し、今また依頼を横取りしようとしている。
その口元には、あの課長と同じ笑みが浮かんでいた。――「無理をして当然」。
「おい、定時坊主。こっちは五人だぞ。八時間で働けるだけのお前に、何ができる?」
「僧侶の嬢ちゃんも巻き込んで、泣かせるんじゃねえぞ」
リシアが一歩前に出て、毅然と声を上げた。
「依頼は正式にギルドから受けました。報酬を横取りするのは規約違反です!」
その言葉に男たちは嘲笑した。
「規約? 弱いやつは守られて当然だとでも? 現実を知らねぇ嬢ちゃんだ」
僕は静かに棒を構えた。
「僕は、八時間しか働けない。でも――その八時間は全力で使う」
男たちは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嗤った。
「おもしれぇ。なら証明してみろ!」
*
最初に飛びかかってきたのは、大剣を持つ巨漢だった。
振り下ろされた剣を、僕は棒で受け止める。衝撃で腕が痺れるが、倒れない。
巨漢の隙を突いて、足を払う。地面に倒れ込んだところに、リシアが詠唱を終える。
「《聖縛》!」
光の鎖が絡みつき、巨漢は身動きを封じられた。
「くっ……!」
二人目が背後から突っ込んでくる。
だが僕は一歩下がり、体勢をずらしてその突進を空振りさせる。
無駄な力は使わない。必要なときだけ全力を出す。
それが、社畜時代に学んだ唯一の「効率」だった。
「くそっ、遊んでんのか!」
三人目、四人目が同時に襲いかかる。
リシアが短く祈りを捧げ、僕の体に光を纏わせる。
温かさが腕を満たし、踏ん張りが効いた。
彼女の回復と支援が、僕の八時間を支えてくれる。
*
最後の一人――リーダー格の男が舌打ちした。
「八時間だかなんだか知らねえが、無能のくせに粋がりやがって!」
彼の剣が唸りを上げて突き出される。
僕はその刃を棒で受け、火花が散る。
力で押し負けそうになる――だが、そのとき鐘が鳴った。
カン……カン……カン……
定時。
視界が一瞬暗くなり、全身がふっと止まる。
動かせない――そう思った刹那、あの感覚が押し寄せた。
熱。
全身にみなぎる力。
定時外の“覚醒”。
「な、なんだ……!?」
リーダー格の男が目を剥いた。
僕は棒を振るい、彼の剣を弾き飛ばす。衝撃で男の体が地面に叩きつけられる。
周囲の冒険者たちが息を呑んだ。
「定時を守るからこそ、強くなれるんだ」
僕の声は、森に響いた。
*
戦いのあと、黒い鎧の連中は倒れ伏し、立ち上がることもできなかった。
リシアが肩で息をしながら僕を見つめる。
「……やっぱり、あなたは特別です」
僕は首を振った。
「特別じゃない。ただ、無理をしないと決めただけだ」
街に戻れば、また笑われるだろう。
でも、確かに今日ここで見せた。
無茶を強いる者より、定時を守る者の方が強いのだと。
その証明こそ、僕の存在理由になる。
(つづく)