第4話「ホワイトPTの始まり」
丘の上で出会った僧侶の少女は、僕の顔をじっと見つめていた。
怯えでも嘲笑でもなく、まるで答えを確かめるようなまなざし。
「……あなたが“定時帰り”の人ですね」
胸がざわめいた。なぜ彼女は、そのスキルを知っている?
「どうして、それを?」
少女は風に揺れる法衣を押さえながら、静かに言った。
「噂になっています。八時間で倒れてしまうが、定時を過ぎると怪物のように強くなる男がいるって。……私は、それが本当だと信じたい」
信じたい。
誰もが僕を恐れ、追放したのに、彼女だけは。
「私はリシア。僧侶をしています。けれど、今のパーティーを抜けたいのです」
「抜けたい?」
「ええ。彼らは休まずに依頼を受け続けます。仲間が倒れても、“自己責任だ”と笑って……私はもう、耐えられません」
リシアの声には、かすかな震えがあった。
その表情は、かつての僕を思い出させた。深夜のオフィスで、誰も助けてくれなかったあの日の自分を。
「……もしよければ、私を仲間にしてください」
思わず、息を呑んだ。
仲間――その言葉は、昨日捨てたはずのものだ。
だが彼女の瞳には、恐れも打算もない。ただ真っ直ぐな意志だけがあった。
「僕と一緒にいても、得はないかもしれない。八時間で倒れるし、笑われるだけだ」
「いいえ。“八時間で倒れる”のは、働く人間にとって本来の姿だと思うんです」
その言葉は、胸の奥に突き刺さった。
かつて夢見た、誰もが定時に帰れる世界。その理想を、彼女は当然のように言った。
「……ありがとう、リシア。僕でよければ」
そう告げると、リシアはふっと笑った。
その笑顔は、夜明けの鐘よりも温かかった。
*
ギルドに戻ると、ざわめきが起きた。
昨日追放したはずの僕が、僧侶を連れて戻ったのだ。
「また来やがったぞ、“八時間坊主”」
「女を連れて? お似合いだな!」
嘲り声。だが僕はもう、怯えなかった。
リシアが隣に立ち、はっきりと言い返したからだ。
「彼は立派な冒険者です。定時を守ることが、どうして恥になるのですか?」
ホールが静まり返る。
受付嬢が、机越しに小さく拍手をした。
「そうだよね。働きすぎて倒れるより、休んで強くなる方がよっぽど健全だわ」
数人の若い冒険者が、同意するようにうなずいた。
少しずつ、空気が変わっていくのを感じた。
「依頼を受けます」
僕は受付に木札を置いた。「リシアと組んで、軽い討伐からで」
受付嬢はにっこりと笑い、札に刻印を押した。
「じゃあ二人分ね。今日の仕事は《森の狼》退治。夕方までに戻れば大丈夫よ」
「ええ。定時までに」
僕はリシアと目を合わせた。
彼女は頷き、小さく拳を握った。
こうして――僕の“ホワイトPT”は始まった。
(つづく)