表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/11

第4話「ホワイトPTの始まり」

 丘の上で出会った僧侶の少女は、僕の顔をじっと見つめていた。

 怯えでも嘲笑でもなく、まるで答えを確かめるようなまなざし。


「……あなたが“定時帰り”の人ですね」


 胸がざわめいた。なぜ彼女は、そのスキルを知っている?


「どうして、それを?」


 少女は風に揺れる法衣を押さえながら、静かに言った。


「噂になっています。八時間で倒れてしまうが、定時を過ぎると怪物のように強くなる男がいるって。……私は、それが本当だと信じたい」


 信じたい。

 誰もが僕を恐れ、追放したのに、彼女だけは。


「私はリシア。僧侶をしています。けれど、今のパーティーを抜けたいのです」


「抜けたい?」


「ええ。彼らは休まずに依頼を受け続けます。仲間が倒れても、“自己責任だ”と笑って……私はもう、耐えられません」


 リシアの声には、かすかな震えがあった。

 その表情は、かつての僕を思い出させた。深夜のオフィスで、誰も助けてくれなかったあの日の自分を。


「……もしよければ、私を仲間にしてください」


 思わず、息を呑んだ。

 仲間――その言葉は、昨日捨てたはずのものだ。

 だが彼女の瞳には、恐れも打算もない。ただ真っ直ぐな意志だけがあった。


「僕と一緒にいても、得はないかもしれない。八時間で倒れるし、笑われるだけだ」


「いいえ。“八時間で倒れる”のは、働く人間にとって本来の姿だと思うんです」


 その言葉は、胸の奥に突き刺さった。

 かつて夢見た、誰もが定時に帰れる世界。その理想を、彼女は当然のように言った。


「……ありがとう、リシア。僕でよければ」


 そう告げると、リシアはふっと笑った。

 その笑顔は、夜明けの鐘よりも温かかった。



 ギルドに戻ると、ざわめきが起きた。

 昨日追放したはずの僕が、僧侶を連れて戻ったのだ。


「また来やがったぞ、“八時間坊主”」

「女を連れて? お似合いだな!」


 嘲り声。だが僕はもう、怯えなかった。

 リシアが隣に立ち、はっきりと言い返したからだ。


「彼は立派な冒険者です。定時を守ることが、どうして恥になるのですか?」


 ホールが静まり返る。

 受付嬢が、机越しに小さく拍手をした。


「そうだよね。働きすぎて倒れるより、休んで強くなる方がよっぽど健全だわ」


 数人の若い冒険者が、同意するようにうなずいた。

 少しずつ、空気が変わっていくのを感じた。


「依頼を受けます」

 僕は受付に木札を置いた。「リシアと組んで、軽い討伐からで」


 受付嬢はにっこりと笑い、札に刻印を押した。


「じゃあ二人分ね。今日の仕事は《森の狼》退治。夕方までに戻れば大丈夫よ」


「ええ。定時までに」


 僕はリシアと目を合わせた。

 彼女は頷き、小さく拳を握った。


 こうして――僕の“ホワイトPT”は始まった。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ