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第3話「追放者の逆転」

 森を抜け、街へ戻る頃には、すでに夜明けの鐘が鳴っていた。

 昨日まで僕を笑っていた冒険者たちは、無言のまま先を歩く。

 視線は時折こちらを盗み見るが、そこに嘲笑はなかった。

 むしろ恐れと、理解できないものへの畏怖。


 ――たった一撃で魔猪を吹き飛ばした。

 自分自身でも信じられない。

 けれど確かに、あの瞬間、体が別人のように軽かった。

 呼吸は規則正しく、力は溢れ出して、頭の中まで澄み切っていた。



「おかえり、レンくん」


 ギルドの受付嬢が出迎えた。

 彼女の微笑みに、心が少しだけ落ち着く。

 けれど背後で仲間たちが、声を潜めてざわついた。


「こいつ……人間か?」

「八時間を過ぎたら覚醒するなんて、聞いたことねえ」

「やべえ、化け物じゃねえか」


 その囁きが、ホールに広がる。

 やがて誰かが叫んだ。


「追放だ! そんな奴、仲間にできるか!」


 一斉に嘲声が上がる。

 昨日の笑い声とは違う。今度は恐怖が混じった拒絶の声だ。


 受付嬢が慌てて口を開いた。

「待って! 彼は依頼を果たしたの。しかも、みんなを助けたんでしょ?」


 だが、男たちは首を振る。

「助けられた? 違う、あれは脅威だ。八時間で倒れる上に、夜になると怪物みたいになる。そんな奴と一緒にいられるか!」


 ギルドの空気は一気に冷えた。

 視線が突き刺さる。

 笑われるより、無視されるより、もっと重たい拒絶。


 僕は静かに頭を下げた。

「……わかりました。僕は、ひとりでやります」


 その言葉を残して、木の扉を押し開けた。

 朝の光が差し込む。

 吐く息が冷たく、石畳の街並みがまだ眠っている。



 門を抜けると、昨日の少年兵が立っていた。

 彼は真剣な顔で僕に近づく。


「待ってくれ! あんたがいなきゃ、俺たち全員死んでた」


 僕は首を横に振った。

「仲間としては受け入れられなかったよ。仕方ない」


「それでも、俺は感謝してる。……あんた、これからどうするんだ?」


「わからない。けど、八時間働いて、休んで、それで生きていく。それだけだ」


 少年は一瞬迷ってから、小さな袋を差し出した。

 銀貨が数枚。

「これは、俺の気持ちだ。いつかまた会ったら、一緒に戦ってくれ」


 僕は受け取らず、袋を彼の胸に押し返した。

「ありがとう。でも、自分のために使ってくれ」


 少年は力強く頷いた。



 街外れの丘に登ると、風が頬を撫でた。

 昨日と同じ草原。けれど心は違う。

 もう、仲間に頼ることはできない。

 八時間で切れる体。

 そして、定時外に現れる異能。


 ならば、僕がすべきことは一つ。


「……一人でも、生き抜く」


 そう呟いたとき。

 背後から声がした。


「もしもし、そこの人」


 振り向くと、一人の僧侶の少女が立っていた。

 白い法衣に、草花の刺繍。

 その瞳は真っ直ぐで、僕を恐れもしない。


「あなた、《定時帰り》のスキル持ちでしょ?」


 胸が、わずかにざわついた。

 彼女の言葉は、ただの偶然じゃない。

 まるで、最初から僕を探していたかのように。


(つづく)

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