第3話「追放者の逆転」
森を抜け、街へ戻る頃には、すでに夜明けの鐘が鳴っていた。
昨日まで僕を笑っていた冒険者たちは、無言のまま先を歩く。
視線は時折こちらを盗み見るが、そこに嘲笑はなかった。
むしろ恐れと、理解できないものへの畏怖。
――たった一撃で魔猪を吹き飛ばした。
自分自身でも信じられない。
けれど確かに、あの瞬間、体が別人のように軽かった。
呼吸は規則正しく、力は溢れ出して、頭の中まで澄み切っていた。
*
「おかえり、レンくん」
ギルドの受付嬢が出迎えた。
彼女の微笑みに、心が少しだけ落ち着く。
けれど背後で仲間たちが、声を潜めてざわついた。
「こいつ……人間か?」
「八時間を過ぎたら覚醒するなんて、聞いたことねえ」
「やべえ、化け物じゃねえか」
その囁きが、ホールに広がる。
やがて誰かが叫んだ。
「追放だ! そんな奴、仲間にできるか!」
一斉に嘲声が上がる。
昨日の笑い声とは違う。今度は恐怖が混じった拒絶の声だ。
受付嬢が慌てて口を開いた。
「待って! 彼は依頼を果たしたの。しかも、みんなを助けたんでしょ?」
だが、男たちは首を振る。
「助けられた? 違う、あれは脅威だ。八時間で倒れる上に、夜になると怪物みたいになる。そんな奴と一緒にいられるか!」
ギルドの空気は一気に冷えた。
視線が突き刺さる。
笑われるより、無視されるより、もっと重たい拒絶。
僕は静かに頭を下げた。
「……わかりました。僕は、ひとりでやります」
その言葉を残して、木の扉を押し開けた。
朝の光が差し込む。
吐く息が冷たく、石畳の街並みがまだ眠っている。
*
門を抜けると、昨日の少年兵が立っていた。
彼は真剣な顔で僕に近づく。
「待ってくれ! あんたがいなきゃ、俺たち全員死んでた」
僕は首を横に振った。
「仲間としては受け入れられなかったよ。仕方ない」
「それでも、俺は感謝してる。……あんた、これからどうするんだ?」
「わからない。けど、八時間働いて、休んで、それで生きていく。それだけだ」
少年は一瞬迷ってから、小さな袋を差し出した。
銀貨が数枚。
「これは、俺の気持ちだ。いつかまた会ったら、一緒に戦ってくれ」
僕は受け取らず、袋を彼の胸に押し返した。
「ありがとう。でも、自分のために使ってくれ」
少年は力強く頷いた。
*
街外れの丘に登ると、風が頬を撫でた。
昨日と同じ草原。けれど心は違う。
もう、仲間に頼ることはできない。
八時間で切れる体。
そして、定時外に現れる異能。
ならば、僕がすべきことは一つ。
「……一人でも、生き抜く」
そう呟いたとき。
背後から声がした。
「もしもし、そこの人」
振り向くと、一人の僧侶の少女が立っていた。
白い法衣に、草花の刺繍。
その瞳は真っ直ぐで、僕を恐れもしない。
「あなた、《定時帰り》のスキル持ちでしょ?」
胸が、わずかにざわついた。
彼女の言葉は、ただの偶然じゃない。
まるで、最初から僕を探していたかのように。
(つづく)