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第2話「定時の外に潜む力」

 翌朝。

 北門の前には、昨日酒場で笑っていた男と、その仲間たちが待っていた。革鎧の肩には夜露が光り、目の下には濃い隈がある。どうやら徹夜で飲み歩いていたらしい。


「よォ、《定時帰り》。来たな」

「ええ。依頼の護衛でしたね」


 彼らは鼻で笑い、木札を突き出した。依頼内容は《森を抜け、村へ薬草を届けること》。距離は半日ほど、往復すれば夜になる。


「お前の“八時間”じゃ無理だろうが、せいぜい荷物持ちでもしてろ」


 僕は素直に頷いた。昨日の《土鼠》狩りで分かったことがある。

 ――八時間を終えたあとの、異常なまでの回復力。

 あれは間違いなく、このスキルの本当の力の片鱗だった。



 森の中は薄暗く、朝露を吸った土が柔らかい。木々の根元には小さな花が咲き、時折、獣の遠吠えが響く。

 前を歩く男たちは大声で笑い、剣を肩に担いで進んでいた。


「おい、新入り! 荷車が重ぇぞ、押せ!」


 僕は無言で車を押す。かつて資料箱を山ほど抱えて残業していた頃より、ずっと楽だ。

 ふと、横を歩く少年兵が囁いた。


「……大丈夫か? この先、魔猪まじししの縄張りだ。俺たちでも三人がかりでやっとなんだ」


「大丈夫です。定時までは、働けますから」


 少年はきょとんとした顔をしたが、それ以上は聞かなかった。



 昼を過ぎた頃、森の奥から低い唸りが響いた。

 木々を押し分け、巨体が現れる。

 猪のような獣だが、牙は人の腕ほども太く、目は赤く光っていた。


「出やがったな、魔猪!」


 先頭の男たちが剣を抜き、突撃する。だが、徹夜明けの体は鈍く、刃は厚い毛皮に弾かれた。反撃の角で一人が吹き飛び、地面に叩きつけられる。


「チッ……! おい新入り! 囮になれ!」


 彼らの怒号が飛ぶ。

 僕は深呼吸した。太陽の高さを見上げる。あと、二時間ほどで定時。

 だが、待つ必要はない。


「……今なら、まだ動ける」


 棒を拾い、魔猪に立ち向かう。

 突進を横に避け、棒を叩きつける。皮膚を割るには力不足だが、衝撃で体勢を崩せる。

 仲間たちがその隙に刃を突き立てた。魔猪は咆哮し、暴れる。


 数分の攻防ののち、ついに獣は崩れ落ちた。


「お、お前……意外とやるじゃねぇか」


 男が息を切らしながら笑った。

 僕は首を横に振った。「あと一時間で、僕は動けなくなります」


「は? 今から村まで行くんだぞ。夜までかかる」


 その時だった。

 背後から、さらに大きな影が現れた。

 二体目の魔猪。しかも、群れの親玉のように巨大だ。


「ふざけ……っ!」


 仲間たちが絶望の声を上げる。剣は刃こぼれし、魔力は切れている。

 僕は太陽を見た。

 夕刻。鐘が鳴る――。


 カン、カン、カン。


 体が、止まる。

 心臓が静かに、均等に打ち始める。

 次の瞬間、全身に熱が奔った。筋肉が弾けるように膨張し、視界が鮮明に拡大する。


「な……っ、なんだアイツ」


 仲間の声が遠い。

 僕は、魔猪の突進を正面から受け止めた。

 足元の地面が砕けるが、体は揺れない。腕に、力が満ちていた。


「これが……定時外の力……!」


 拳を突き出す。

 骨が砕ける鈍音と共に、魔猪の巨体が宙を舞い、木々をなぎ倒して転がった。

 静寂。鳥すら鳴かない森で、僕の呼吸音だけが響いた。


 仲間たちは口を開けたまま動かない。

 僕は振り返り、淡々と告げた。


「定時を過ぎると、強くなるんです」



 村に着いたとき、男たちは一言も僕を笑わなかった。

 むしろ視線は怯えと尊敬の入り混じったものだった。


 薬草を届け終え、焚き火を囲んで休む。

 炎に照らされた仲間の一人が、ぽつりと呟いた。


「……お前、マジで英雄になるかもな」


 僕は首を横に振った。


「ただ、もう残業はしない。それだけです」


 夜空に星が瞬く。

 新しい世界での“二日目の勤務”が、終わろうとしていた。


(つづく)

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