第10話「宰相の反発」
王都の大広間。
討伐の報告を終えると、兵士たちは膝をつき、王の前で声を揃えた。
「陛下! “定時帰り”の冒険者のおかげで我らは救われました!」
「徹夜の訓練より、休養を得てこそ力が出るのです!」
兵士たちの言葉は真実だった。
けれど、その場にいた宰相は苦々しい顔で彼らを睨みつける。
「馬鹿げたことを……!」
低く響く声に広間が静まり返る。
「戦とは命を削るもの。働き、働き、血を流してこそ勝利は手に入る。八時間で倒れるなど、臆病者の言い訳にすぎん!」
宰相の言葉に、王は沈黙した。
代わりに、僕が一歩前に出る。
「臆病者の言い訳、ですか。では問います。倒れた兵士が何人いたか、ご存じですか?」
宰相の眉がぴくりと動いた。
「休むことを怠惰と呼ぶのは簡単です。でも、過労で倒れた兵士は立ち上がれない。戦場に立てない兵士は、誰を守れるのですか?」
広間の隅で、兵士たちが拳を握った。
その光景を見て、リシアが静かに言葉を添える。
「神は“労わり”を尊びます。仲間を酷使して得た勝利に、果たして意味はあるのでしょうか」
「黙れ!」
宰相が杖を叩きつけると、広間に魔力の火花が散った。
「貴様らの戯言に惑わされるな! 怠惰の神が授けた力など、国家の腐敗の始まりだ!」
その言葉に、ざわめきが広がる。
兵士たちは顔を見合わせ、王は険しい表情を深めた。
僕は拳を握りしめる。
――やはり、この男が元凶だ。
兵士たちを休ませない仕組みを作り、ブラックを正義と叫ぶ。
「宰相。あなたは恐れているんですね」
「なに?」
「“休む者が強くなる”と証明されれば、あなたの支配が崩れる。だから必死に否定するんだ」
宰相の目が細くなり、蛇のような光を宿す。
「……面白い。ならば見せてみろ。次の任務で貴様の甘言が通用するかどうか」
その声には不気味な確信があった。
きっと彼は、何か仕掛けてくる。
*
謁見を終えた帰り道、リシアが小声で囁く。
「宰相……ただの政治家には見えませんでした。あの魔力の気配、何かを隠しています」
僕は頷いた。
「次の任務、罠の匂いがする。でも、ここで引いたら“ホワイト”は根付かない」
遠くで夕鐘が鳴る。
その音は、まるで戦いの始まりを告げる合図のようだった。
(つづく)