第3話「笑う太陽」
「あたしはアルマって言います。このパーティ、個性的な人ばっかりで楽しそう」
何とか少女を呼び戻すことに成功したオレたちは、応接室に戻ってきていた。
少女は名をアルマと言うらしい。
なんと言うか、ニコニコしていて可愛い人だなっていうのが第一印象だ。
童話に出てくるような魔女の格好をしているし、オレたちよりもアルマの方が個性的ではないかとは思ったが。
「オレはクレシアン。こっちはいけ好かない騎士野郎」
「違う、僕はアメリスだ。よろしく頼むよ」
「俺についてはもう知っていると思うが、フォルテだ。補助魔法専門の魔法士だ」
「よろしくお願いします!えへへ、さっきはびっくりしちゃったけど、いい人たちそうでよかったよ〜」
そうだな、それについてはオレたちが悪かった。
でも他にも一緒に行く人がいたなんて、知らなかったんだ。
お前のような可愛い女の子があの場にいれば、オレだって何とか自分を抑えられたんじゃないかと思う。
あれは、そう、男同士の語り合いみたいなものなんだから、女の子の前ならやらなかっただろう。
フォルテを見ると、バツの悪そうな顔をしている。
もう会ったことがあるようだし、彼はもう一人いることを知っていたんだろう。
最初から任務の詳細も知っていたようだし、話し合いも全員揃ってからにするべきだったんじゃないのか。
こうなると、また最初からやり直しになってしまう。
「そういえば、君はなぜこんなに遅れてきたんだ?」
「あ、うん!それは、そのー。道に、迷っちゃって……え、へへ…」
気まずそうに言う割には、あまり気にして無さそうだ。
今までもニコニコと笑ってれば許されてきたんだろう。
だが、迷子になった、か。
同じ敷地にある別館や庭園も入れるとかなり広いしな。
迷うことだってもちろんあるだろう。
仕方ない、オレは許そう。
「迷った?それは君の問題だろう。早めに来て道を尋ねるとか、前日に一度来てみるとか、できることがあったんじゃないのか?」
「そ、そうだよね…。ごめんなさい。でも、次回からはそうならないようにするから!」
なるほど。
アメリスは誰に対してもこうなのか。
自分が間違いだと思ったことは、絶対に訂正したくなる正義感の塊みたいなやつ。
よく言えば誰に対しても厳しい、悪く言えば押し付けがましい、かな。
だが、当の本人は正論しか言ってないから余計にムカつく。
とは言え、アルマもよくヘラヘラ笑っていられるな。
たった今嫌味ったらしく説教されたばかりだぞ。
オレだったらさっきの二の舞を演じていたところだ。
ほら見ろ、アメリスの顔を。
すごく満足そうじゃないか。
こいつも結局は自分の思い通りにいかなきゃ満足できないタチなんだ。
「改善するつもりがあるならそれでいい。誰かとは大違いだな」
「なんだと?」
「まあ、待て待て。とりあえず、俺からもう一度任務について話そう」
第二戦を始めてしまう前に、フォルテはアルマにも任務の内容や気をつけるべき点などを説明した。
簡潔に纏まっていて、わかりやすい。
流石、長く騎士をしているだけはある。
要点を理解しているんだ。
実際に戦うところを見た事はないが、指揮能力ならそれなりに高そうではある。
フォルテのような人がいるなら、任務だって大した問題は起きないだろう。
普段はあまり真面目そうには見えないが、頼れる事には変わりない。
アルマはフォルテが話終わるまで、真面目に聞いていたように思う。
所々頷いて、気になる部分は質問をして。
だが、話が終わった途端、彼女はまたにっこりと笑った。
「わかった!頑張るね!」
本当に大丈夫だろうか。
オレはアルマとフォルテを会話を聞いている時に、わかったことがいくつかある。
まず、アルマはオレと同じ十五歳であるということ。
これについては、厳密に言うとオレはまだ十五にはなっていないから、彼女の方がほんの少し年上ということになる。
次に、ヴァルディア西部の田舎の小さな村から来たらしいということ。
なんと、まだ聖都には来て三日だそうだ。
そりゃあ迷うわけである。
最後に、魔法の才能を買われたはいいものの、練習ですら誰かと戦ったことはないということだ。
いきなり魔獣を使役するかもしれない組織とやり合うなんて、命を捨てに行くようなものではないのか、と正直思ってしまった。
「みな、任務については問題ないかな?他に詰めることがないようなら、解散としよう。各々、当日まで準備と休息を怠らずにな」
オレたちは最終的にもう一度齟齬が起きないように話し合った後、各自帰ることにした。
「フォルテ先輩、また訓練場まで付き合ってください」
「お前、夜の訓練にまで参加するつもりか?程々にしておけよ。じゃあ二人とも、俺たちは先に失礼する」
そう言って、フォルテとアメリスは先に部屋を出ていった。
アメリスがオレにフンっ、と背を向けたのには血管がキレそうになった。
でも訓練、か。
オレもした方がいい、よな。
あのいけ好かない騎士野郎に負けてはいられない。
そう考えていると、まだ残っていたのか、アルマに話しかけられた。
「ねーねークレシアン。この後は何する予定なの?」
「オレも魔法かなんか練習しようかと…」
「え!そうなの?!じゃあ着いてってもいーい?」
「まあ…いいけど。でも、先に茶器を片付けてからな」
やったぁ、とアルマは嬉しそうだ。
オレたちは一緒に片付けをすることにした。
すっかり冷めた残りの紅茶を、彼女は勿体ないからと飲み干した。
冷えた渋い紅茶を飲んで、美味しかった、と満面の笑みで言った時は少し怖いと思った。
その後、オレたち二人の間には特に会話もなく、以前オレが授業で使っていた訓練場までやってきた。
騎士団にある訓練場とは比べ物にならないほど小さいが、一通りの道具は揃っているし、二人で使うには十分だろう。
道すがら、アルマはあれこれと自分のことを話していたが、オレが「ああ」とか「うん」しか言わないから、いつの間にか黙り込んでしまった。
さっきの話し合いで基本的な情報はもうわかっているし、彼女に対する興味はそれほど残っていなかった。
「クレシアンってどうしてこの任務に参加することにしたの?」
オレが対魔法用の的に初級魔法のスパークダートを撃ち込んでいると、おもむろに話しかけられる。
「どういう意味だ?」
「だって次期教皇なんでしょ?こういう血なまぐさいのはやらないんだと思ってた」
血なまぐさい。
ちゃんと理解していたのか。
何も考えていなさそうに見えたのに。
「オレみたいな立場の高いやつは、自分の能力を証明する場が必要なんだよ」
「へぇ〜、私にはそういうのはよく分からないけど、すごいんだね」
何がすごいんだろうか。
今のだって嘘っぱちだ。
自分で立候補した訳でもなし、母親に行けと言われ、仲間も体のいい舞台も用意されて、後は締めくくるだけだ。
本当はそれさえ少し自信がない。
父さんのように死んでしまうかもしれない。
母さんは以前オレに、絶対はない、と言っていた。
たった二人。
だけど実は幹部だったら?
すごく強かったら?
さっきはフォルテを見ていて、大丈夫だろうと思っていたが、やっぱり少し怖い。
的を逸れた細い雷の矢が後ろの壁にぶち当たる。
この細い矢が、オレと重なって見えて仕方がない。
「なあ」
「なーに?」
「お前は、怖くないのか?」
オレの問いに、アルマは少し考えているようだった。
彼女の被った大きな帽子で影ができて、表情がよく見えない。
暫く沈黙が流れる。
遠くでカラスの鳴く声が聞こえた。
彼女は、やっぱり、笑っている。
「…わかんない。でも何とかなるよ。全部、いい方に向かうって、あたしわかってるんだから」
答えになってないだろ。
オレは、怖いか怖くないか、で答えて欲しかったのに。
何が彼女をこんなに明るくするんだろう。
オレが最後に笑ったのっていつだったっけ。
父さんがまだいた時だろうか。
それとも、笑ったことなんてなかったかな。
少なくとも、父さんがいた頃はまだ幸せだった気がする。
「そっか。じゃあ次はお前が撃ち込むか?」
「いいの?やりたい!」
何となく湿っぽくなったのが嫌で、アルマを的の前に立たせる。
彼女は、そんなこと思ってもいなさそうだけど。
まだ出会ったばかりなのに、つくづく不思議な奴だと思う。
でもまあ、こいつとなら何だかんだ上手くやれるのかもな。
「得意な魔法は?」
「炎!」
そう言って彼女はファイアボールを的に向けて撃つ。
なーんだ、才能と言ってもこの程度か。
この時のオレはそんなことを思っていた。
「初級魔法じゃん。もっと凄いやつねぇの?」
「クレシアンだって雷の初級魔法しか使ってなかったじゃん!こういうのは基礎が大事だ!って師匠も言ってたんだから!」
オレはギクリとした。
自分の才能の無さは自覚している。
鍛錬を怠ったのもあるだろうが、どんなに頑張っても、この歳で騎士入団試験に受かることはムリだっただろう。
その点、アメリスのストイックさや才能はとんでもないと思う。
オレはまだ、あいつが実はスヴァルフなんじゃないかと思っているが。
「オレも基礎鍛錬だよ!で?師匠はどんな奴なんだ?」
「師匠も雷魔法を使うんだよ。おーっきな魔獣だって一撃なんだから!」
「それはすごい。じゃあお前もいずれはそうなれるように頑張れよ」
彼女との会話はとても穏やかだった。
魔法を撃ちながらだったこともあり、無理に話を繋げる必要も無い。
誰かとこれ程リラックスした時間を過ごすことができるなんて、いつぶりだろうか。
たまにはこういうのも悪くはない。
これなら鍛錬も無理なく続けられそうだ。
もしオレに彼女のような幼馴染がいたら、こうやって切磋琢磨できたのだろうか。
たわいもない話で盛り上がったり、たまには喧嘩をして、オレの夢や悲しみを分け合えたなら。
そんな存在がいれば、オレもこんなに落ちぶれてはいなかったのかもしれない。
自分をよく見せようとすぐにバレるような嘘をついたり、ムダなプライドを鼻にかけたり、すぐカッとなって誰かに突っかかるようなやつにはならなかったかもしれない。
「また、練習しに来てもいい?」
「こんな所でいいなら」
「えぇ!あたしはすごくいい場所だと思うよ!」
「はいはい」
むくれる様子が子供っぽい。
その日、オレとアルマは日が完全に沈むまで、初級魔法の練習を続けた。
大丈夫だと思ったり、大丈夫じゃないと思ったり、そういう経験は皆さんにもありますか?




