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蒼の記憶と黒いカラス  作者: 紫のやつ
第二章 精霊の泪
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第19話「報告と嘘」

 手紙を届けるのは簡単だった。

 ミュランの家について村のアルフに訊くと、すぐ目の前の家を指されたからだ。

 彼女は四百歳を超えていると言うが、種族特有の長い耳を除けば、人間の二十代と変わらない見た目をしていた。


 オレたちはミュランのお茶の誘いを断り、今はギルドに戻ってきている。

 というかギルドハウスに戻ってきたのはオレとティエラだけで、アメリスはアルマを連れて先に宿に戻ってもらった。


「川の調査はどうなりましたか?」

「それが…」


 ギルド職員の問いに、オレは答えあぐねる。

 あったことをそのまま話せばいいだけなのに、何故か言葉に詰まってしまう。

 きっとオレは、ここで話したことが真実になってしまうと思ってるんだ。

 そんなわけはないのに、そう思ってしまう。

 ギルドにいるたくさんの人が今も聞き耳を立てていて、すぐに噂は広がっていくのだろう。


 でも、言わないと。

 これは単なる悲しい話ではない。

 ルシータの啓示に関わる重要な情報でもあるんだ。


「えーっと…川っつーか、二百年前の英雄、エリーナレイアの涙だったっつーか……涙にエコルが入ってて、水魔法の奔流になったみたい、です」


 職員のお姉さんも相当驚いてるな。

 行方知れずだった人が急に見つかったんだ。

 むしろここからが問題だろう。


「それは確かなのですか?まさか英雄の涙の川だったなんて……。それで、彼女は今どうしていますか?」


 ほらきた。

 絶対訊かれると思ったんだ。

 人体実験のオモチャにされました、なんてオレにはとても言えない。

 ティエラならこういうのは得意じゃないか、と思って目配せする。

 彼女なら最悪「亡くなりました」としか言わない気もするけど、職員のお姉さんが上手く聞き出してくれるだろう。


 オレの意図が伝わったのか、ティエラは軽く頷いて口を開く。


「エリーナレイアは長年に渡るエコルの酷使により、エコル枯渇症で亡くなりました。しかし亡くなる前、彼女は村のアルフたちに囲まれ、笑顔でその生涯に幕を閉じたそうです」


 え、事実と全く違うじゃないか!

 まさかティエラがそんなことを言うなんて、とても信じられない。

 開いた口が塞がらないが、何とか取り繕って周囲には嘘だとバレないようにする。

 そもそも、アルフの村は関係者以外を立ち入り禁止にしているだけで、全く人が出入りしていないわけでもない。

 こんな嘘はすぐにバレてしまいそうなものだが、ティエラの真意はわからない。


「そう、だったのですね。わかりました。この事についてはギルドから国と教会にも共有させていただきます。北の村にも使いを手配しておきますね」

「お願いします。それから、道中また黒い魔石を見つけたのでお渡ししておきます。今回のものは力が感じられないので失敗作だと思います。まだ完全には魔獣化技術が完成していないのかもしれません」

「……はい、お預かりします。こちらについても研究を進めていきますね。今日は本当にありがとうございました」


 オレが黙って見守る中、ティエラは淡々と報告を終わらせ報酬を受け取る。

 大勢が聞いている中訂正もできず、オレは冷や汗をかきながら難しい顔をしていたと思う。

 元々目つきはあまり良くない方だから、傍から見れば睨んでいるような感じになっていたかもしれない。


 引きつった笑みを浮かべて職員のお姉さんに挨拶して、オレとティエラは早々にその場を逃げるように離れた。

 道すがら人目を気にしつつ、彼女に小声で問い詰める。


「おいティエラ!あんな事言っちまっていいのかよ!」


 彼女を責めるつもりは別にないが、スカスカな嘘だったのもだから、逆にオレたちがいずれ責められる事態になりそうで思わず口調が強くなる。


 そもそもこれ、アルマとアメリスにはどう説明したらいいんだ。

 ティエラの好きにさせたら暴走しましたと言えばいいのか?

 アルマはともかく、アメリスには凄く怒られそうだ。


「二百年もの間苦しんでいたのですから、せめて人々の記憶の中では幸せな最後だったと思ってほしかっただけです。あなたもそのような考えをする人だと思っていたのですが、違いましたか?」


 それは、オレが教典に不満を持っていることを言っているのか?

 だが、彼女がそれを知っているはずがない。

 そもそも誰にも言ったことはないんだからな。


 とはいえ、彼女が言っていることは事実だ。

 悲しい真実か優しい嘘を選ばなければいけないのなら、きっとオレは後者を選ぶだろう。


「そんな嘘ついて、バレたらどうすんだよ……」

「嘘はついていません。少し脚色しただけです」

「それが嘘なんだよ!手紙のことだって言ってねぇし、というかフランツって人も探した方がいいんじゃねぇの?」

「必要になったら探しましょう」

「……お前、まじでいつも何考えてんのかわかんねぇよ…」


 これ以上は無駄だ。

 言ったことは取り消せないし、もうこれでいくしかない。

 それよりも宿にいる二人にどう説明するか考えないと。


 オレはため息をつく。

 冒険者って、大変だなぁ。





 オレは宿に戻った後、すぐにアルマとアメリスに事情を説明した。

 案の定、アメリスは依頼の行う上での誠実さがどうとかと説教を垂れ始めたが、ティエラは我関せずといった様子だ。


 最初の方は落ち込んでいたアルマだったが、二人を見ていたと思ったら突然笑いだした。

 「ティエラちょーナイス!」なんて言ってティエラに抱きつくものだから、オレもアメリスも呆気にとられてしまった。

 だが、アルマがこの出来事を乗り越えたのだろうことは伝わってきた。


 結局アメリスは、虚偽報告をした責任を問われたら、ティエラと一緒に名乗りあげると言っていた。

 それを聞いてアルマも一緒に責任を負うと言うし、最終的にはオレも巻き込まれた。


 何だかんだ秘密と責任を共有する一蓮托生の仲間ってわけか。

 これからも嫌なことはあるだろうけど、こうやって乗り越えていけたらいいよな。

 そう、オレは心の中で静かに思った。





 さて、これから話さなければいけない問題だが。


「次はどこいくー?あたし、王都とか行ってみたい」

「君はずっとヴァルディア内をぐるぐる廻るつもりか?」

「じゃあそういうアメリスはどこがいいの?」

「南下するのがいいと思う。山や森を超えながらキャンプを経験できるし、アルカネリアに着けば、そのまま東の大陸に渡ることもできる」

「おおー!キャンプしてみたい!」


 してみたい!じゃないんだよ。

 外でキャンプとか、飯を食うのだって大変だし、夜は見張りを立てないといけないし…

 アルマは多分楽しそうにやるんだろうけど、正直めちゃくちゃ疲れそう。

 でもまあ、オレも身体を鍛えたいからアメリスには賛成だけど。


「オレも南に進むのがいいと思う。ティエラは?」

「はい、着いていきます」

「じゃあ決定だね!」


 アルマがパンッと手を叩いてはにかんだ。

 こういう時のティエラの意見のなさにももう慣れた。

 そのおかげで早く決まってから良かったが。


「そういえば、クレシアンってなんで旅してるの?」


 話し合いも終わったことだし、これからは自由時間だとばかりにアルマが聞いてくる。


「え、フォルテに聞いてないか?」

「うん。旅に行くけど一緒にどうだーって言われただけだよ」


 フォルテらしく適当だ。

 今更だが、彼が詳しい説明をしてるわけがなかったな。

 だってオレに話した時も「いい案がある」と一言言っただけなんだから。


「オレが出てきたのは修行のためだ。少しずつ力をつけるのと、あとは世界を見て見識を広げることか」

「へぇ、すごい!頑張ってるんだね〜!そうだっ、アメリスとティエラは?」

「僕は滅多にないチャンスだから同行してるだけだ」

「私は何となく楽しそうだから着いてきました」

「え!何となくだったの!急に飽きていなくならないでね〜」


 ティエラは自分に泣きつくアルマの頭を撫でて大丈夫だと諭す。

 微笑ましい光景だ。


 その後すぐにお開きになったが、そういえばアルマの理由を聞いていなかったな。

 また明日にでも聞けばいいか。

 オレは扉の前で部屋に戻っていくアルマとティエラを見送りながらそう考える。


 後ろではアメリスがじっとオレを見つめていたが、最後まで気づくことはなかった。

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