第18話「精霊の泪」
木の中に何かがある。
それが何であるのか、確かめたい。
ルシータの啓示が絡んでいるかもしれないとわかっていても、目の前にある謎をといていく感覚に、気分が高揚した。
隠された秘密を見つけるなんて、いかにも冒険って感じじゃないか。
「どうやって中を見る?それなりに硬そうだけど」
「僕が取り出すよ。ただ、木に傷をつけることになってしまうからアルマには回復魔法を頼みたい」
「わかった!あ、でもあんまり大きな穴は開けないでね!あたし、回復はまだまだだから…」
「善処するよ」
アメリスはアルマの言葉に小さく笑うと、硬い樹皮に鋭く刃を滑らせる。
彼が一点だけを的確に狙い浅い亀裂を開くと、そこからは拳ほどの大きさの四角い何かが現れた。
その後、アルマが木に回復魔法を使うと、みるみる亀裂が塞がっていく。
ついさっき回復魔法はまだまだだって言っていたはずなんだがな。
「箱ですね。開けてみましょう」
「なんで君は警戒もせずにすぐ手を出そうとするんだ」
「していますよ」
「してるように見えないから言ってるんだが…」
すかさず箱を開けようとするティエラをアメリスが冷めた目で止める。
うん、オレもティエラは聞き流してそうに思える。
そして始まるアメリスの説教を背景に、オレはまず箱を観察してみる。
質感的に箱は鉄製のようだった。
装飾や塗装もなく、とてもシンプルな作り。
少し樹液に濡れている。
傷がなく状態もいいから、比較的最近ここに入れられたんじゃないかとオレは思った。
「では開けますね」
「……もう好きにしてくれ」
その後結局、アメリスの制止などなかったかのように、ティエラは躊躇いもなく箱を開けた。
慎重に中を覗き込むと、そこには小さく折りたたまれた紙と枯れて萎れてしまった一輪の花が入っていた。
「……これ、ラブレターだ!見せて見せて!」
突然アルマが興奮したように中にあった紙を奪うように取ってはそれを広げた。
ラブレター?
どうしてそうなるんだ。
今この子の頭の中でどんな推理が行われたのか見てみたい。
「いや、なんでわかるんだよ」
思わず突っ込んでしまった。
そしたら、わかるよ!と前のめりで返される。
「ほら!ここに『愛しのエリーナレイアへ』って書いてある!」
「え、ほんとだ」
「エリーナレイア?確か二百年前の北部侵略戦争で活躍した超越級魔法士だ」
まさか本当に当たってるとは。
もしかして女の子にはこういうのがわかるのか?
教会にいた時も、シスターたちが恋愛事情について楽しそうに話しているのを何度か聞いたことがある。
女性はこの種の話題には敏感なんだろうか。
それにしても超越級の魔法士とは、最も階級の高い魔法士じゃないか。
それで思い出したが、確かに昔の戦争で武勲を上げたアルフ族の女性がいたというのはどこかで読んだな。
名前は覚えていなかったが、エリーナレイアというのか。
侵攻してきた者たちを多く退けた後、名実ともに超越級魔法士として認められた初の女性だったはずだ。
戦争後の行方は知られていないが、まさかこの場所に来ていたとは。
「さてさて、どんな愛の言葉が綴られてるのかな〜。あたし、読み上げるね」
「君たちは本当に人の話を聞かないな」
アルマが何だか凄くノリノリだ。
一応人のプライベートに首を突っ込んでることは意識した方がいいんじゃないのか。
まあ、そんなこと言ってたら謎も何も解き明かせたものじゃないが。
彼女はコホンとわざとらしく咳払いをすると、手紙の内容を読み上げ始めた。
『愛しのエリーナレイアへ
初めて会った日、あなたは泣いておりました。
けれど、その姿でさえも美しく、私は息をのんだのです。
次の日、あなたはまた泣いておりました。
世界を拒絶するその姿に、私も心が痛みました。
何日経っても、あなたは泣いておりました。
きっとあなたの優しい心は、この醜い世界に絶望してしまったのでしょう。
どうすればあなたの涙を止められるのでしょうか。
この愛が届いた日、あなたは笑顔を見せてくれるのでしょうか。
エリーナレイア、あなたを心から愛しています。
どうか、この想いの果てに、悲しい涙の川が存在しない日が来てほしいと願っています。
いつの日か、この世界をまた美しく思えますように。
フランツ・エルトン』
一行読む度に、アルマの声色が暗くなっていく。
やがて、しんみりとした空気の中、彼女は全てを読み上げた。
アメリスは何かを考えるように目を閉じている。
「ここにあった川って、エリーナレイアの涙だったんだね…」
「……それは、おかしいんじゃねぇか?だって、川の水がしょっぱいなんて話聞いたことないし。それに、毎日泣いてたとしても、川ができるほど溜まるか……?」
「ここはオルゴンが多い地帯ですから、強い感情に伴って溢れたエコルが反応してしまったのかもしれません。どうやら彼女のエコルは水に近いようですね」
「あまり現実的じゃないけど、この情報だけならそう判断するしかないだろうな」
涙の川か、不思議な話だ。
つまり魔法の川だったから、魔獣が寄り付かなかったんだ。
それにしても、どれほど悲しい経験をしたら、二百年も泣き続ける日々を送ることになるのだろうか。
オレは戦争を経験したことはないが、大切な人を失ったことはある。
父さんがいなくなってからしばらくはずっと泣いていた。
ただただ悲しくて、涙が溢れ続けた。
エリーナレイアもそうなのだろうか。
彼女の亡くした人はきっとひとりや二人ではない。
全ての人の為に泣いていたのだとしたら、二百年にもなるのかもしれない。
「でも!きっとフランツさんって人のおかげで泣き止んだんだよね。ね?」
アルマの縋るような言葉に、オレたちは何も言えなかった。
近くに埋められるでもなく、不自然に木に取り込まれていた手紙。
木の根の辺りで見つけた、植物を魔獣化させた黒い魔石。
手紙が書かれた時点でエリーナレイアはまだ泣いていたが、その手紙が恐らく最近書かれたものであること。
これらの事から、多分エリーナレイアは、もう…
オレが大樹に目をやると、ティエラがちょうど目を閉じて手を優しく当てていた。
「この大樹こそが、エリーナレイアその人でしょう」
「……でも、でも!」
「彼女はルシータの啓示にとって、これ以上ない実験対象だったはずです。この魔石は植物を魔獣に変えられるようですが、人を魔獣にするには力が足りなかったようですね」
オレたちが口にできなかったことを、ティエラはいとも簡単に言葉にした。
アルマはそれを受け入れられないのか、手紙を抱きしめてはその場へとへたり込む。
「酷いよ。どうしてそんなことするの……?」
「……わからない」
慰める言葉が出てこなかった。
事実とは限らない、でも証拠がない。
もちろん事実である証拠も足りないけど、可能性が高いのは確かだ。
何より、オレ自身も人の想いを踏みにじる行為に悲しいと思う。
そして、それを平気でやってのけるルシータの啓示に怒りも沸く。
悔しくて、拳を強く握り、歯を噛み締めた。
彼らの目的のために、命を落とした人々の人生が消費されていることが理不尽でならない。
「…まだ、手紙を届ける依頼が残ってる。ずっとここにいるわけにはいかない」
「……ああ、行こう」
ティエラが悲しむアルマを支えて歩く。
ロープを降りるときは滑るようで、登りよりは大分楽だった。
アルマは静かだが、やることはちゃんとやるので、降りる時に落ちてしまうようなヘマをすることもなかった。
最後に、ティエラがロープを解いて、崖にナイフを突き立てながら滑り落ちてくる。
とりあえず、川の調査はこれで終わりだ。
手紙を届けたら真っ直ぐギルドに戻ろう。
依頼の報告をして、これからの旅についてもパーティで話し合わないといけない。
その後はすぐに寝てしまおう。
余計なことは考えたくない。
あとは、明日気分が良くなっていることを願うばかりだ。




