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蒼の記憶と黒いカラス  作者: 紫のやつ
第二章 精霊の泪
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第17話「木」

「す、すごい!ティエラってなんでもできちゃうんだね!」


 アルマの中では、ティエラは何でもできる万能少女のようだ。

 オレはまだ彼女の剣技やら身体能力やらしか見ていないからよくわからないが、この一ヶ月で何やらすごいエピソードでもあったのだろうか。


 ともかく、万能だろうが、どこからか上がる道を見つけたのは間違いない。

 そして、その道はオレや他の二人では通れないような道なんだろう。

 詳しいことは訊いてみないことにはなんとも言えないが、それはそれとして、飛び出す前にちゃんと説明をしてほしいと思う。

 ティエラはいつも一言足りないんだよ、まったく。


「アルマ、ロープクライミングの経験は?」

「ないよ」

「では僕から行こう。君は僕の次に試してみてくれ。登る時はロープを自分の身体に結びつけるんだ、いいな?」

「わかった、頑張ってみる」

「じゃあクレシアン、下は頼んでいいか?」

「ああ」


 つまり、アメリスが上から引き上げ、もしアルマが落ちても、下にいるオレが受け止められるということだろう。

 ロープがあったところで、魔法一筋でやってきたであろう女の子には厳しいかもしれないからな。


「じゃあ、行くよ」


 アメリスは軽く息を吸うと、両手でロープを掴んだ。

 次の瞬間、彼は足で岩肌を蹴りながら、滑らかな動きでスルスルと登っていく。


 あっという間に上までたどり着くと、こちらを振り返り、「ほら、こんな感じだ」と軽くロープを引いてみせた。


 アルマは感嘆したように「おぉ」と声を上げると、両手をグッと握りしめた。


「よし、次はあたしだね。杖は残念だけど、ここに置いとこうかな」


 アルマは大きな杖を地面に置くと、アメリスを真似るように両手でロープを掴んだ。

 慎重に足を岩肌に当てて登り始める。

 それをアメリスは少しずつロープを引き上げて援助した。

 おぉ、形になってる。

 と、思うのも束の間、途中で彼女の腕はぷるぷると震え始めた。


「うぅ……あれ、あれれ?」

「もう少し踏ん張ってくれ、アルマ!」

「……うん!」


 アルマは足を滑らせかけて、ほんの一瞬だけ目をぎゅっとつむった。

 でも次の瞬間、何かを振り払うみたいにもう一度ロープを握りしめる。

 その顔は怖がってるというより、負けたくないという感じだった。


 オレは下で構えつつ様子を伺う。

 あと少しだ。

 アルマの手が届くか届かないかのところで、アメリスは一気に彼女を引き上げた。

 良かった、無事上までたどり着けたようだ。


「っはぁああぁ、つっかれたーー」


 上からアルマの息が抜けるような声が聞こえてくる。

 よし、最後はオレだ。


 少し勢いをつけて、一気に駆け上がる。


「ふっ、う」


 半分ほど上がったところで勢いがなくなった。

 身体を引き上げるように腕に力を入れる。

 キツい。

 アメリスは軽々と登っていたというのに、思ったよりも簡単じゃない。


「クレシアン、腕ばかりに頼るな!足も使うんだ!」

「…あ、ああ!」


 言われた通り、足にも力を入れて身体を押し上げるようにすると、少し動きが楽になる。

 最後のひと押しだ。

 オレが息を切らしながら腕を伸ばすと、アメリスが手を差し伸べてくれた。


「あと少しだ」


 その手を掴むと、引き上げられるようにして崖の上へ乗り上げる。

 オレは足を地面につけた瞬間、全身の力が抜けてその場に座り込んだ。


「はぁ……マジで死ぬかと思った」

「おつかれ様!頑張ったねえ」


 アルマが笑いかけてきたので、オレも軽く笑い返す。

 これで、全員水源まで来ることができたな。


「で、ティエラはどうやってここまで来たんだ?」


 オレは単純に不思議だったから、彼女にそのことについて訊いてみる。


「低いところから少しずつ登っていっただけです」

「少しずつ?」

「はい。まずは低い木を見つけてそれに登り、だんだん高い木に飛び移っていきました。最終的には村に生えているキノコの傘に飛び乗り、そのままここまで」


 ティエラはそう言いながら自分の立っている場所を指さした。

 ちょっと、何を言ってるのかわからない。

 まるで本で読んだリスとかムササビのみたいなやつだな。

 どちらも魔獣化が進んでて原種はもういないんだけど。

 まあ、魔獣になってても生態はあんまり変わらないか。


「そろそろ休めたし、調査を始めない?」


 アルマの言葉にオレたちは頷いた。

 そんな彼女は未だに地面に寝そべっている。


「そうだな。それで水源は?」

「ここです」


 ティエラが目の前を指す。


「木?」

「はい、木です。恐らくここが水源のあった場所であり、今はこの大樹が生えています」


 オレは目の前の太くて高い大樹を見上げる。

 大樹は広く枝分かれし、青々とした葉が風に揺れている。


「この木が水を塞いじゃったの?でも、なんか変じゃない?」

「ああ、その感覚は間違いじゃないと思う。突然現れたのではない限り、短い期間でこれほど大きく成長できる筈がない」

「これが普通の木ならな」

「え、クレシアンはこれが普通の木じゃないと思うの?」

「状況的にはそうなんじゃねぇかなって」


 みんなで木とその周辺を調べてみる。

 土や落ち葉、根、樹皮などが近くにある他の木と違うかどうかを確認する。

 アルマに頼んで周囲のオルゴンに問題がないかも見てもらった。


「普通の木とおんなじだね」

「特に問題はないな」


 しかし、オレたちは手がかりを見つけられずにいた。

 あとは木の中とか、地面の奥深くとかは残ってるけど、これほど立派な大樹を切ってしまうのは気が引ける。

 地面は、単にあまり掘る気にはなれないだけだが。

 うーん、じゃあオレたちは木のせいで水源が塞がれたって報告したらいいのだろうか。


 オレがギルドへどう話したらいいか考えていると、根元を調べていたティエラに呼ばれた。


「皆さん、こちらを見てください」

「何か見つけたの?」

「これは……あの時と同じ黒い魔法石だ」

「わ、ど、どうしよう。危ないんじゃない?!」


 あの時と同じ魔石?

 オレは一足遅れてティエラの手元を覗き込む。


 彼女は根元を道具もなしに掘っていたようで、手や爪の中が黒く汚れてしまっていた。

 それを見て、自分が掘りたくないと思っていたことが少し申し訳なくなる。


 だがそれよりも、みんなの視線の先。

 そこにはサラセニアを魔獣へと変化させたであろう、あの黒い魔石があった。


 ティエラは躊躇いもなくそれを手に取る。


「おい、ちょっ」


 アメリスは咄嗟といったふうに、魔石を彼女の手から払い落とす。


「大丈夫です。中に力は残っていないようです」

「それでも危ないだろう!」

「ティ、ティエラ、びっくりさせないでよ!」

「ごめんなさい」


 抑揚のない声だから、謝罪が本気かどうかわからない。

 オレもすっごいハラハラした。

 突然過ぎて全然反応できなかったのもある。

 もし力が残ってたら、人体にどんな影響が出るかわからないから。

 彼女に何もなくてよかった。


「これが原因だと思います。地面は湿っていませんし、地層に対してエコルの通りにも変化がなかったので、そもそもここには地下水脈はなかったのでしょう」


 エコルの通りか、なるほど。

 土や泥、水など、物質が違えば放射したエコルに生じる抵抗も変わってくる。

 それで地下に水が流れていたかどうかを調べたのか。

 地質や地脈に関することはあまり知らないから、こういうのは勉強になる。


「水源がなかった?だとしてもこの魔石が川を作り出したとは考えにくい。何せ川には魔獣を寄せ付けない性質があった。それは魔獣を凶暴化させるこの魔石の作用とは性質が全くの逆だ」

「オレもそう思う。でもだったらなんで川ができたのかわっかんねぇんだよな」


 進展があったのは間違いないが、結局ここで何があったのかはわからないままだ。

 黒い魔石が見つかったのも偶然ではないだろうし、この件にルシータの啓示が関わっているのは確実だ。

 彼らの目的が村のために魔獣を追い払うことであるのはありえないが、それなら何のためにここへ来たのだろうか。


「あ、ここ!ここにも何かあるみたいだよ!」


 アルマが突然なにかに気づいたように木を指した。

 だが、表面には特に何も見当たらない。


「何かって?オレには何も見えないんだけど」

「たぶん中にあるんだと思う。さっきティエラの言ってたエコルの通りがなんとかかんとかっていうのを真似て、木にもエコルを当ててみたの」

「では早速確認してみよう」


 おお、魔法に関してはやっぱり天才なんだな。

 話を聞いただけで形にできるなんて相当だ。


 オレたちがアルマが言った場所を調べてみると、どうやらそこは空洞になっているらしかった。

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