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蒼の記憶と黒いカラス  作者: 紫のやつ
第二章 精霊の泪
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第13話「新種の魔獣」

 オレたちが街に入った途端、大勢の人が、担がれた巨大なサラセニア草に目を向けた。

 不思議がる人もいれば、訝しむ人もいた。


 そんな中、オレたちは冒険者ギルドまで人を避けながら慎重に進み、遂には納品カウンターまでやってきた。

 ギルドハウスに入ると、ユウだったか、上級パーティのリーダーらしき男が「無事帰還だな」と言ってくれた。


「…これ、本当にセサラニア草ですか?」


 職員のお姉さんも疑っているようだった。

 彼女は裏に控えている鑑定家を呼ぶ。


 消化液やら花弁の繊維やらを採取して調べてもらったが、結果は問題ないとの事だった。

 オレたちはそれを聞いてホッと胸を撫で下ろす。


 そして、オレたちはセサラニア草が魔獣化していた事も報告した。

 恐らくはそれが巨大化の原因であること、それから、黒いコアのような物が発見されたことを。


 砕け散った黒いコアは、一応ハンカチに包んで持ってきていたから、それも提出した。

 その際、素手で触るのは用心した方がいいかもしれないと伝えた。

 人体にどんな影響を及ぼすかまだわからないから、慎重に調査するべきだろう。


 話を聞いていた納品カウンターのお姉さんは、オレたちの話に顔を青ざめさせた。

 周囲にいた冒険者たちも、とても驚いていた。


 やはり、オレの記憶違いなどではなく、植物が魔獣化した事例はこれが初めてだそうだ。

 嫌な予感はしていたが、これで異端宗派が植物での実験もしている事実が明らかになった。


 これから魔獣がもっと増えるかもしれない。

 その可能性に周囲の大勢がざわつき始めた。


 冒険家業が難しくなるとか、辺境の村の家族が危なくなるとか、他国との貿易を心配する人までいる。

 貿易って、お前は国の商務官か何かなのか。


 とはいえオレにとっても他人ごとではない。

 冒険家になった矢先でのことだ、これから先が心配にならないわけがない。


 その時、ユウがドンッと机を叩いた。

 オレは背中をビクリと震わせてそちらの方を見る。

 

「どうせやるこたぁ変わんねぇんだ。五十年前に魔獣が出てきやがった時も、国や教会じゃ戦力が足りなくて普通の人たちが立ち上がった。そうやって乗り越えたから今の冒険者ギルドがあるんだろうが。ちょっと種類が増えるくらいでムリってんならとっとと辞めちまえ。」


 ユウは彼なりの言葉でみんなを励ましているようだった。

 確かに彼の言うことは最もかもしれない。


 五十年前に魔獣が爆発的に増えた時、戦ったこともない民間人が勇気を振り絞って立ち向かった。

 自分が生き抜くため、あるいは大切な誰かを守るため、多くの人々が初めて武器を手に取り、攻撃のために魔法を使った。

 だけど、怖いものは怖いのだ。


 今でこそ、ほとんどの魔獣は倒し方のセオリーが確立されている。

 役割分担をして、パーティで挑むことも多い。

 そのため最近は死傷率が大分下がっている。


 でも新種が出てくるとなったらどうだろう。

 また五十年前のようになるかもしれない。

 この世代の冒険者は、嫌われ役を演じてでも魔獣の恐ろしさを教えてくれるような人ばかりじゃない。

 前のオレのように見栄を張りたいだけのやつとか、何となく報酬に惹かれた若者とかがそれなりにいる。


 だから予想通りだった。

 新たな脅威、なんてものに耐性などない彼らは、ユウの言葉を聞いては次々と建物を出ていった。


「追い出すみたいな言い方で良かったの?」

「死なれるよりはマシだよ」


 アルマの問いかけに、彼はフンッと鼻を鳴らした。

 それは、朝オレにも言った言葉だった。





「アルマ、今日この後空いてるか?」

「うん、どうしたの?」


 宿に戻った後、オレはアルマにそう問いかけた。

 彼女に魔法を教わりたいと思ったからだ。


 本当はもっと緩やかな流れで鍛えようと思っていた。

 世界を旅しつつ、色んな景色を見て、たまに魔獣と戦えば、少しずつ強くなれるんじゃないかと思った。

 だからこそ、冒険者という肩書きはオレにはちょうど良かった。

 オレは自分のことばっかりで、周りのことなんて見てこなかったから、外に出てきたんだ。


 でも、オレは外を簡単に思い描きすぎていた。

 周りの環境なんて、すぐに変わっていってしまう。

 だからこそ、それに民間人で対応してきた冒険者ギルドはここまで栄えてきたのだ。

 騎士団や国営軍を差し置いて、民間企業である利点を活かして世界中に支部を構えている。

 ある意味では、魔獣の動きに最も敏感な組織なのだ。


 死にかけてたったの一ヶ月しか経っていないのに、オレは既に呑気な旅行気分になっていた。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる、とはまさにこの事だろう。

 自分に呆れて仕方がなかった。


 だから、このままやっていくにはもっと本気で魔法の腕を磨かなければいけない。

 そうしなければ、いずれ仲間を危険に晒してしまうことだって有り得る、とオレは思った。


「もっと強い魔法を使えるようになりたいんだけど、アルマにコツとか教えて貰えねぇかと思って…」

「魔法の練習?いいよ、やろう!」

「あ、ああ」


 改まるオレを不思議に思ったのか、アルマは少し首を傾げたが、それ以上追求することはなかった。

 少なくとも、迷惑をかけない程度には魔法を上達させなければ。

 オレはそう思って鍛錬に臨むことにした。





「こう、オルゴンがピシッとなってるから、エコルをシュッとして、それからドンッだよ!」


 アルマの教え方は、擬音ばかりでよくわからなかった。

 以前練習した時は、お互いが交互に的に撃ち込むだけだったから、彼女がどのようにオルゴンやエコルを認識しているのかは知らなかった。

 もちろん、今もよくわからないが、彼女は独自の感覚を磨いているらしいことだけは理解できた。


 だから、オレも言葉で教えてもらうことは早々に諦めた。

 それよりも、彼女の魔法の使い方を観察することにした。

 彼女には申し訳なかったが、何度も撃ってもらい、オレはひたすらに自分との違いを考え、分析した。


「もう一回いいか?」

「何回でもいいよ〜」


 頼もしい答えだ。

 これ程撃っていても疲れないなんて、少ないエコルで魔法を使えているのは明らかだ。

 オレのように、エコルを絞り出したところで、ショボイ電撃しか繰り出せないのとは大違いである。


 一度オレの魔法について指摘してもらったが、どうやら「バーッとなっててスっができてない感じに見える」のだそうだ。

 やっぱりよくわからない。

 何がバーッで何がスっなのだろうか。

 どうしたら、そのスっっていうのができるようになるんだろう。





 その日、みんなが部屋に戻っても、オレは一人で練習を続けた。

 感覚を掴んだ土魔法を使ってみたり、いつもの雷魔法を使ってみたり、水や火を試そうともした。

 水は上手くいかなかったが、火魔法に関しては、手のひらに熱が集中するような感覚を覚えたから、練習を続ければ使えるようになるかもしれない。


 でもそれができたからと言ってなんになる?

 結局は初級魔法程度で、戦闘じゃそれ程威力も出せない。

 だから当面の目標はやはりエコルを使いこなせるようになることだろう。


「はぁ…」


 オレ、何やってんだろ。

 散々練習した挙句、一番最初の目標だって乗り越えられてねぇじゃんか。


「疲れたなぁ」


 オレは休憩がてらその場に座り込んだ。

 エコルを使いすぎてクラクラする。

 ただ流れのままに放出するだけで、全くコントロール出来ていない。

 人間のほとんどが初級魔法止まりっていうのはそうかもしれないけど、オレはそこで止まるわけにはいかない。

 その壁を越えなくちゃいけないんだ。


 指が砂の上を行ったり来たりする。

 何となく雷を想像してギザギザした線を描いてみる。

 まるで子どもの落書きだ。

 見ていられなくて、やっぱり消してしまう。


「……明日も、やらねぇと」


 そのまま、オレは重たい身体に引きずられるようにその場で横になってしまい、寝息を立てた。

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