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蒼の記憶と黒いカラス  作者: 紫のやつ
第二章 精霊の泪
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第10話「歓迎」

 さっき感じた視線はそういう事だったのか、とオレはようやく合点がいった。

 見られていると感じていたのは勘違いではなかったのだ。


 考えてみればそうだ。

 オレも最初はアルマの服装に困惑したし、下に見てしまった部分もあった。

 今ではすっかり慣れてしまっていたが、そうか、やはりこの服装は大衆からすると普通ではないのだ。


 しかしこの状況、どうするのが正解なのだろうか。

 彼らは多分、いやほぼ確実にオレたちよりもランクが高い冒険者パーティだ。

 それに、人数もこちらより多い。

 喧嘩になったら、こっちに勝ち目はないと見たほうがいいだろう。


 オレが行動に迷っていると、一番前、今はこちらを笑いものにした六人パーティの方を向いているので、一番後ろにいるアルマが彼らの前に進み出た。


 ここで考えなしに対立するのはまずい。

 これからの冒険者ライフで問題の新参者だと思われたくはない。

 焦ったオレはアルマの袖を掴もうとするが、するりと空振りしてしまう。


 アルマは堂々とした態度で、背筋をピンと張って男たちを見上げた。


「どうした嬢ちゃん、言いたい事でもあんのか?」


 リーダー格の男は手のひらに拳をぶつけながら、薄ら笑った。

 まさか、女性に手を出すつもりか?

 この体格差で、アルマが腕力で勝てるとは思えない。

 だからといってオレも絶対に勝てない。

 アメリスと一緒なら時間稼ぎくらいはできるだろうか。


 オレはアメリスに目配せした。

 彼はオレに小さく首を振った。

 なんでだよ、やろうぜ。

 オレは力強く訴えかける。


 アメリスもオレに目配せした。

 オレはその視線の先を追った。


「あたし、確かに魔女が出てくる絵本が大好きだよ。かっこよくて憧れてるの。だからそれに近づきたくて、あたしもこういう服を着てるんだ。すっごくやる気が出るの!」


 アルマは言い切った。

 顔は見えないけど、真剣なのは伝わってきた。

 ただ好きなんじゃない。


 彼女は、目標を纏っていたのだ。

 それを知った今、オレは彼女を応援しようと思った。


 だがまだ危機は去っていない。


 そう思ったのもつかの間、リーダー格の男はアルマの話が終わると、大声で笑いだした。


「おお!そうかそうか!それ程の胆力がある嬢ちゃんなら、立派な魔女になる日も近いかもな!そうだろ、みんな!」


 おおー!と歓声や拍手が巻き起こり、ギルドにいた人々は口々にアルマへの応援を投げかけた。

 アルマもありがとう、と元気に返している。


 ど、どういうことだ。

 彼らはオレたちをバカにして締め上げたかったのではないのか。

 オレは混乱した。


 なぜか他の人たちはもう仲良くなっているし、オレだけ疎外感が凄い。


「よっ、どうした。怖がらせちまったか?」


 先程の男がオレの肩をどついた。

 強い力に思わずよろけてしまう。


 き、訊いてもいいのだろうか。


「ぁいや、さっきなんであんなこと?」


 かなり怖かったに決まっている。

 だがそれを言うのは絶対に間違いだとわかる。

 だから、オレは意を決して質問してみることにした。

 意外にも、彼はすんなりと答えてくれる。


「あの程度でビビってちゃあ、外でなんかやっていけねーだろ?俺たちみたいに、ひよっこを脅かすヤツらはたくさんいんだよ」


 善意、だったのか。

 確かに本気だったら、ギルド職員もとっくに警備員を呼んでいただろう。

 なんで気づかなかったんだ。

 他にも脅しにかかるやつがいる、というのは聞き捨てならないが。


「でもそういう事してたら、嫌われないか?」

「嫌われるに決まってんだろが。だがお花ん畑のまんま死なれるよりはよっぽどいい」


 それ、オレの事だ。

 どうしようもなかった事とはいえ、耳が痛い。


 だからこそわかる、彼らの行動は必要なことだと。

 どんなに説明したって聞かないやつは聞かない。

 自分の力を過剰評価し、敗れてきた人たちをたくさん見てきたのだろう。

 怖さを教えるには、怖がらせることが一番大事だ。

 とても、理にかなっていると思う。


「これから初依頼か?外に行くなら周囲は常に警戒しとけよ」


 男は受付にいる仲間たちを指しながらオレに言った。


「ああ、気ぃつけるよ」


 オレの言葉に彼は拳を突き出す。

 合わせろ、ということだろうか。

 オレは戸惑いながらも弱々しく拳を同じように突き出し、彼のものに小さく触れた。

 すると、彼はまたガハハと笑って、仲間の方へと向かうオレの背中を強く押した。


「依頼は受けたか?」

「はい、丁度依頼書を提出したところです」


 オレたちが揃ったのを見て、受付嬢はまた説明をしてくれた。


「初めてのようなので説明させていただきます。依頼が終わったら隣の精算所で納品してください、以上です」

「それだけ?」

「それだけです。ここで受けて、あっちで報告。それであなたも一人前です」


 もっと依頼内容について聞けるのかと思うじゃないか、普通。

 これが説明なら、次回からはそれすらなしなんだろうな。


「それから、森に入るなら、北にあるアルフの街から流れていた、干上がった川について調査をしていただけると助かります。周辺で気になった点を報告してくださるだけでも構いません」

「あの川、干上がってしまったのか?」

「アメリス、知ってるの?」

「何度か通ったことがあるだけだ。細いせせらぎのようなものだが、澄んでいて綺麗だったからな。少し残念だ」


 川が干上がったのか。

 雨が極端に少ないわけでもないのに、不思議なこともあるものだ。


「じゃああたしたちも見に行ってみるね」

「お願いします」


 受付嬢は相変わらず冷ややかな目線でこちらを一瞥してから、頭をほんの少しだけ下げた。

 あまりにも受付に向いていない。


 その後、オレたちは北の大門から外へ出て、そのまま道なりに進んで行った。

 しばらくは整備された道が続いたが、次第に背の高い樹木が増え、陰りができるようになっていく。

 魔獣に襲われるようなこともなく、オレたちは順調に依頼品の採取を行っていた。


「冒険者ギルドっていい人がいっぱいだったね!あ、セサラニア草みっけ」

「オレはあの受付のお姉さんにずっと睨まれてる気がしたんだけど……オレも見つけた」

「気のせいだろう。君は何でもかんでも怖がりすぎだ…ここにも一株あったよ」

「でも、クレシアンはユウさんと楽しそうに喋ってたよね!人と仲良くなる才能があるんだね!」


 お前には勝てねぇよ。

 というか、ユウって誰のことなんだ。

 まさか先程のパーティのリーダーの男だろうか。


 それならお前の方が絶対に仲良くなっているだろう。

 オレは名前すら聞いていなかったのに、お前はいつ聞いたと言うんだ。


 オレの複雑な気持ちなんて知らないのだろう、アルマは自分のことのように嬉しそうだ。

 いいよ、お前がそう思うなら。

 実際に仲良くなれていたのなら、それに越したことはないし。


「アメリスは背が低いことをからかわれていましたね」

「まだ伸びるからいいんだ!」

「あたしと同じくらいだったよねー」


 アルマと同じくらい?

 それってどれくらいだろう。


 オレは反射的にアメリスを見たが、屈んでいてわからなかった。

 彼もオレの視線に気付き、眉をひそめる。


「君もからかいたいのか?」

「そういうわけでもねぇけど、お前っていくつだったかなと思って」

「年齢でしたら十六ですね」

「おい、勝手に僕の事を言いふらさないでくれ」

「え、お前ってスヴァルフじゃなかったのか!」

「はぁ?」


 なんてこった。

 彼は人間の十六歳にして騎士団に入ったというのか。

 どういう鍛え方をしたらそうなれるんだ。


 努力だと思っていたのに、結局はこいつも才能かよ。

 なんだか裏切られた気分だ。

 少しでもその才能を分けてほしい。


 最も、そんなことを言おうものなら、もっと鍛錬しろと説教されてしまうだろうが。


「結局身長は?」

「伸びたら教える」

「まだこれからだもんな」


 まあ、確かに十六ならまだ伸びしろはあるだろう。

 オレだってまだ伸びてるしな。


 だが、本人が嫌なら、あまりからかうのはやめておこう。

 オレも自分のコンプレックスを指摘されると怒ってしまうのに、なぜだか他人のことになると忘れてしまう。

 良くない、良くない。

 この後宿に戻ったら、彼にはオレのおすすめを奢ってあげることにしよう。

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