第10話「歓迎」
さっき感じた視線はそういう事だったのか、とオレはようやく合点がいった。
見られていると感じていたのは勘違いではなかったのだ。
考えてみればそうだ。
オレも最初はアルマの服装に困惑したし、下に見てしまった部分もあった。
今ではすっかり慣れてしまっていたが、そうか、やはりこの服装は大衆からすると普通ではないのだ。
しかしこの状況、どうするのが正解なのだろうか。
彼らは多分、いやほぼ確実にオレたちよりもランクが高い冒険者パーティだ。
それに、人数もこちらより多い。
喧嘩になったら、こっちに勝ち目はないと見たほうがいいだろう。
オレが行動に迷っていると、一番前、今はこちらを笑いものにした六人パーティの方を向いているので、一番後ろにいるアルマが彼らの前に進み出た。
ここで考えなしに対立するのはまずい。
これからの冒険者ライフで問題の新参者だと思われたくはない。
焦ったオレはアルマの袖を掴もうとするが、するりと空振りしてしまう。
アルマは堂々とした態度で、背筋をピンと張って男たちを見上げた。
「どうした嬢ちゃん、言いたい事でもあんのか?」
リーダー格の男は手のひらに拳をぶつけながら、薄ら笑った。
まさか、女性に手を出すつもりか?
この体格差で、アルマが腕力で勝てるとは思えない。
だからといってオレも絶対に勝てない。
アメリスと一緒なら時間稼ぎくらいはできるだろうか。
オレはアメリスに目配せした。
彼はオレに小さく首を振った。
なんでだよ、やろうぜ。
オレは力強く訴えかける。
アメリスもオレに目配せした。
オレはその視線の先を追った。
「あたし、確かに魔女が出てくる絵本が大好きだよ。かっこよくて憧れてるの。だからそれに近づきたくて、あたしもこういう服を着てるんだ。すっごくやる気が出るの!」
アルマは言い切った。
顔は見えないけど、真剣なのは伝わってきた。
ただ好きなんじゃない。
彼女は、目標を纏っていたのだ。
それを知った今、オレは彼女を応援しようと思った。
だがまだ危機は去っていない。
そう思ったのもつかの間、リーダー格の男はアルマの話が終わると、大声で笑いだした。
「おお!そうかそうか!それ程の胆力がある嬢ちゃんなら、立派な魔女になる日も近いかもな!そうだろ、みんな!」
おおー!と歓声や拍手が巻き起こり、ギルドにいた人々は口々にアルマへの応援を投げかけた。
アルマもありがとう、と元気に返している。
ど、どういうことだ。
彼らはオレたちをバカにして締め上げたかったのではないのか。
オレは混乱した。
なぜか他の人たちはもう仲良くなっているし、オレだけ疎外感が凄い。
「よっ、どうした。怖がらせちまったか?」
先程の男がオレの肩をどついた。
強い力に思わずよろけてしまう。
き、訊いてもいいのだろうか。
「ぁいや、さっきなんであんなこと?」
かなり怖かったに決まっている。
だがそれを言うのは絶対に間違いだとわかる。
だから、オレは意を決して質問してみることにした。
意外にも、彼はすんなりと答えてくれる。
「あの程度でビビってちゃあ、外でなんかやっていけねーだろ?俺たちみたいに、ひよっこを脅かすヤツらはたくさんいんだよ」
善意、だったのか。
確かに本気だったら、ギルド職員もとっくに警備員を呼んでいただろう。
なんで気づかなかったんだ。
他にも脅しにかかるやつがいる、というのは聞き捨てならないが。
「でもそういう事してたら、嫌われないか?」
「嫌われるに決まってんだろが。だがお花ん畑のまんま死なれるよりはよっぽどいい」
それ、オレの事だ。
どうしようもなかった事とはいえ、耳が痛い。
だからこそわかる、彼らの行動は必要なことだと。
どんなに説明したって聞かないやつは聞かない。
自分の力を過剰評価し、敗れてきた人たちをたくさん見てきたのだろう。
怖さを教えるには、怖がらせることが一番大事だ。
とても、理にかなっていると思う。
「これから初依頼か?外に行くなら周囲は常に警戒しとけよ」
男は受付にいる仲間たちを指しながらオレに言った。
「ああ、気ぃつけるよ」
オレの言葉に彼は拳を突き出す。
合わせろ、ということだろうか。
オレは戸惑いながらも弱々しく拳を同じように突き出し、彼のものに小さく触れた。
すると、彼はまたガハハと笑って、仲間の方へと向かうオレの背中を強く押した。
「依頼は受けたか?」
「はい、丁度依頼書を提出したところです」
オレたちが揃ったのを見て、受付嬢はまた説明をしてくれた。
「初めてのようなので説明させていただきます。依頼が終わったら隣の精算所で納品してください、以上です」
「それだけ?」
「それだけです。ここで受けて、あっちで報告。それであなたも一人前です」
もっと依頼内容について聞けるのかと思うじゃないか、普通。
これが説明なら、次回からはそれすらなしなんだろうな。
「それから、森に入るなら、北にあるアルフの街から流れていた、干上がった川について調査をしていただけると助かります。周辺で気になった点を報告してくださるだけでも構いません」
「あの川、干上がってしまったのか?」
「アメリス、知ってるの?」
「何度か通ったことがあるだけだ。細いせせらぎのようなものだが、澄んでいて綺麗だったからな。少し残念だ」
川が干上がったのか。
雨が極端に少ないわけでもないのに、不思議なこともあるものだ。
「じゃああたしたちも見に行ってみるね」
「お願いします」
受付嬢は相変わらず冷ややかな目線でこちらを一瞥してから、頭をほんの少しだけ下げた。
あまりにも受付に向いていない。
その後、オレたちは北の大門から外へ出て、そのまま道なりに進んで行った。
しばらくは整備された道が続いたが、次第に背の高い樹木が増え、陰りができるようになっていく。
魔獣に襲われるようなこともなく、オレたちは順調に依頼品の採取を行っていた。
「冒険者ギルドっていい人がいっぱいだったね!あ、セサラニア草みっけ」
「オレはあの受付のお姉さんにずっと睨まれてる気がしたんだけど……オレも見つけた」
「気のせいだろう。君は何でもかんでも怖がりすぎだ…ここにも一株あったよ」
「でも、クレシアンはユウさんと楽しそうに喋ってたよね!人と仲良くなる才能があるんだね!」
お前には勝てねぇよ。
というか、ユウって誰のことなんだ。
まさか先程のパーティのリーダーの男だろうか。
それならお前の方が絶対に仲良くなっているだろう。
オレは名前すら聞いていなかったのに、お前はいつ聞いたと言うんだ。
オレの複雑な気持ちなんて知らないのだろう、アルマは自分のことのように嬉しそうだ。
いいよ、お前がそう思うなら。
実際に仲良くなれていたのなら、それに越したことはないし。
「アメリスは背が低いことをからかわれていましたね」
「まだ伸びるからいいんだ!」
「あたしと同じくらいだったよねー」
アルマと同じくらい?
それってどれくらいだろう。
オレは反射的にアメリスを見たが、屈んでいてわからなかった。
彼もオレの視線に気付き、眉をひそめる。
「君もからかいたいのか?」
「そういうわけでもねぇけど、お前っていくつだったかなと思って」
「年齢でしたら十六ですね」
「おい、勝手に僕の事を言いふらさないでくれ」
「え、お前ってスヴァルフじゃなかったのか!」
「はぁ?」
なんてこった。
彼は人間の十六歳にして騎士団に入ったというのか。
どういう鍛え方をしたらそうなれるんだ。
努力だと思っていたのに、結局はこいつも才能かよ。
なんだか裏切られた気分だ。
少しでもその才能を分けてほしい。
最も、そんなことを言おうものなら、もっと鍛錬しろと説教されてしまうだろうが。
「結局身長は?」
「伸びたら教える」
「まだこれからだもんな」
まあ、確かに十六ならまだ伸びしろはあるだろう。
オレだってまだ伸びてるしな。
だが、本人が嫌なら、あまりからかうのはやめておこう。
オレも自分のコンプレックスを指摘されると怒ってしまうのに、なぜだか他人のことになると忘れてしまう。
良くない、良くない。
この後宿に戻ったら、彼にはオレのおすすめを奢ってあげることにしよう。




