実、激怒。
まっすぐに伸ばされた実の手。
それは拓也を遮るようにも見えれば、拓也をかばっているようにも見えた。
「な、なんですか…?」
フェンが、目を丸くしつつも先を促す。
すると、実の目がすっと細くなった。
「あんたさ、どうしてそんなにシェイラとグランをくっつけたがるわけ?」
「……え?」
その質問に、フェンはきょとんとして首を傾げた。
「さっきも言いましたけど、グランさんは力も強くて、自信も持っているじゃないですか。彼ならきっと、将来高い地位に就くと思うんです。そうすれば、生活は苦しくない。それに、彼は絶対にシェイラを守り抜いてくれます。」
「好きどころか嫌いな相手と一緒になっても、幸せになれるとは到底思えないんだけど?」
「それは……シェイラがグランさんのいいところをまだ知らないだけです。今のシェイラは、グランさんと向き合うことから逃げています。逃げずに向き合えば、きっとグランさんの魅力に気付くはずです。」
「ちょっ…」
あまりにも身勝手なフェンの言い分に拓也が口を開きかけるも、それはまた実の手に抑えられてしまう。
「ふーん。そこまでは分かった。」
話の主導権を握る実は、あくまでも静かだ。
しかし、静かとはいっても瞳に宿るのは冷たい光で、その双眸はフェンを正面から鋭く射抜いている。
「―――で、あんたはどうなの?」
「……え?」
質問の意図が汲み取れないのか、フェンの表情に不可解な色が浮かぶ。
だが、実はそんなことなど気にも留めていないようだった。
「今あんたは、シェイラはグランと向き合うことから逃げていると言った。じゃあ、あんたはどうなの?」
「……質問の意味が分かりません。」
「具体的に言えって? さっきから聞いてりゃ、シェイラがどうとか、グランがどうとかって。肝心の自分はどうなの? 本当に、それがあんたの本心なのかって訊いてんだよ。あんたは、本当にそれで満足なわけ?」
「……僕が、自分から逃げてるって言いたいんですか?」
喧嘩を売られていると感じたのか、フェンの表情に明らかな敵意が浮かんだ。
「シェイラは大事な幼馴染みです。幼馴染みの幸せを考えるのは当然でしょう!!」
「そう。じゃあ訊くけど―――」
頬杖をついてフェンを眺める実は、容赦なく爆弾となる言葉を放つ。
「どうしてあんたは、そんな顔してんの? そんなやりきれないような顔をして、あと何人に同じことを頼むつもり? 頼んどいて、本当は頼みたくない、断ってほしいって思ってるくせに。」
「―――っ!?」
ガタンッと大きな音を立てて、フェンが座っていた椅子が倒れた。
顔面蒼白で実を見つめるフェンの目は、まるで化け物を見るかのように歪んでいる。
実は、その視線をただ静かに受けるだけ。
「なっ…何、言って……」
わなわなと唇を震わせるフェンに、実はさらなる追い打ちをかけていく。
「あんたにとって、シェイラは何? ただの幼馴染み? 本当にそれだけ?」
「な……な……」
「本当は、分かってるんでしょ?」
「!?」
フェンが露骨に動揺して息を飲む。
「な……何、を?」
「だからさ……」
どんどん後ろへ下がっていくフェンに、椅子から立ち上がった実は、ゆったりとした足取りで近付いていく。
「全部だよ。自分が本当はどう思ってんのかも、シェイラの気持ちにも。手を伸ばせば届くのに逆に突き放すのは、自信がないから? シェイラを幸せにして、最後の最後まで守り抜く自信がないからなの? だから、シェイラとグランをくっつけようとして、自分はあくまでも部外者面して、そうやって……」
実の目が、一際厳しい光を宿す。
「―――逃げてんの?」
その一言が放たれた瞬間、フェンの表情が豹変した。
素早く伸ばされた手が実の胸ぐらを掴んで、実の体を乱暴に自身の方へと引き寄せる。
「ふざけるな!! お前に、僕の何が分かる!!」
憤怒に染まった顔で実を睨むフェン。
そんな彼からは、今までの口調や雰囲気の全てが欠片も残さず吹き飛んでいた。
実が面白そうに口の端を吊り上げる。
もちろん、その行為はフェンの神経を逆なでする要因にしかならない。
「へぇ、そっちが地?」
「く…っ。黙れ!」
フェンの手に力がこもり、実の首が少し絞まる。
「おい!」
これまで実に抑えられていたので黙って事の行く末を見ていた拓也だったが、さすがにこれ以上は危険だと思い、二人の間に入ろうと席を立った。
しかし―――
「拓也、止めないでよ?」
すぐに釘を刺され、拓也の足は急ブレーキをかけたように止まる。
やきもきしている様子の拓也を横目に見ながら、実は鼻で笑った。
「そんなに怒るってことは、俺の言ったことは全部当たりなんだ?」
「―――っ!! ああ、そうだよ!!」
どこか投げやりに、フェンは叫んだ。
「グランよりも、僕の方がシェイラを想ってるよ。ずっと一緒だった分、あいつの何倍もシェイラのことを想ってる!! 幸せにしたい! 守りたい! だけど急に、僕なんかが手も足も出ないような奴が現れたんだ。そいつが自分と同じ人を好きになって……自信なんて、出てくるわけないだろ。どうやって、あいつを超えられるっていうんだ!? 何もかもが僕より上でさ、僕よりもしっかりと自分を持ってて…。シェイラのためなら、身を引くしかないだろ? 僕なんかより、グランといた方が、シェイラは……」
「あんたが言うその幸せが、シェイラが求めてる幸せじゃなくても?」
「………っ。でも、僕なんかといても……」
後から思えば、ここでフェンが黙っていたなら、もっと穏やかに事が運んだはず。
この時までの実は、フェンを煽るような言動をしながらも、彼に悪意を持っていたわけではなかった。
きっと、あえて怒らせることで本音を引き出した後にシェイラの想いを説いて、彼がシェイラと向き合えるように助言するつもりだったのだ。
そう思っていたから、ハラハラしながらも手出しせずにいたのに……
「ちくしょう……僕にも、あれくらいの力があればよかったのに…っ」
次に続いた言葉が、何もかもを台無しにしてしまった。
ピクリと痙攣する実の指先。
そんな些細なことには気付かず、フェンはさらにこう言い放つ。
「力があれば、全部守れたのにっ!!」
―――――ぞわり
フェンがその一言が叫んだ瞬間、なんの前触れもなく背中に寒気が走っていった。
心臓の鼓動が一気に大きな音で早鐘を打ち始め、全身から嫌な汗が噴き出してくる。
両手足が震わせるそれが本能的な恐怖だと気付いて、嫌が応にも理解させられた。
今のフェンの発言が、確実に実の逆鱗に触れたのだと。
気を抜けば崩れてしまいそうな足を全気力で支えながら、拓也は二人から目を逸らさないようにすることで精一杯だった。
「―――そうかよ。」
「………?」
ふと、フェンの手から力が抜ける。
首元の圧迫から解放された実はうつむき、無言のままフェンの胸を軽く押した。
その力は他人をどうにかできる威力だったようには見えなかったが、フェンは数歩よろけると、そのまま腰を抜かしてしまう。
おそらくは、間近から怒りをまとった実の魔力に当てられたせいだろう。
実を見上げるその顔は、恐怖を通り越して茫然自失状態になっていた。
そんなフェンを見下ろす実の口から、くつくつと不気味な笑い声が漏れた。
「そう…。そんなに力が欲しいんだ…? 何が起こっても、後悔しないんだよね? 力があれば、全てが丸く収まるんだよねぇ?」
呆けているフェンは何も答えない。
実はそれを無言の肯定と解釈し、冷笑を浮かべた。
「―――上等。そんなに欲しければ、くれてやるよ!!」
「実、よせ!」
拓也の制止の声も虚しく、実の手がフェンの額を乱暴に掴んだ。




