フェンからの頼み事
フェンの家は、大通りに面したレストランの二階にある。
レストランは彼の両親が営んでいて、内部の評判は当然であるが、外からの来訪者たちの評判もそこそこいいと聞いている。
実と拓也は店の横にある階段を上り、二階のドアをノックする。
少ししてドアを開けたフェンは、実の姿を見ても動じなかった。
「実さん、やっぱり来たんですね。」
「当たり前でしょ。さすがに、知り合ってもいない相手をいきなり呼び出すのは、非常識なんじゃないの?」
実の穏やかでない口調に、フェンは苦笑する。
「それは確かに、僕が悪いです。とりあえず、どうぞ中へ。」
フェンに促されて中に入ると、空腹を煽るようないい香りが漂ってきた。
その正体は、リビングに通されて明らかになる。
リビングの中央に据えられたテーブルの上に、たくさんの料理が湯気を立てて並んでいたのだ。
「すげ……これ、全部?」
「ええ、僕の手作りです。味覚は人それぞれなので、味の保証はできませんが。」
料理とフェンを交互に見て驚く拓也に、フェンは笑って答えた。
「美味しいのは確かだよ。俺、何度も食べてるから。」
その声に拓也が振り向くと、実はすでに椅子に座っていた。
「えっと…。とりあえず、拓也さんも座ってください。」
フェンは、慣れた動きで実の隣の椅子を引く。
色々と想定していた状況とは違っていて、思わず狼狽えてしまう拓也だった。
「ああ……悪い。変に気を遣わせちゃって。」
「いえ。僕こういうことが好きなんで、自然とやっちゃうんです。だから、軽く受け流してください。実さんなんて、こういうことをされたくないって言って、自分から座っちゃいますし。」
なるほど。
実が断りも入れずに席へとついたのは、そういう意図があってのことだったのか。
一見実らしくない行動に納得しつつ、拓也はフェンに促されるまま椅子に座った。
そうして全員が席に着いた後、しばらくは食事と談笑で時間が流れていった。
確かに実が言うとおり、フェンの料理は美味しかった。
それに加えて、フェンは人をもてなすことを熟知していた。
相手を飽きさせない話し方に話題運び、相手をリラックスさせる雰囲気作り。
そして、それらを強固に支えて美化させる料理の腕前。
いつの間にか拓也の警戒心は薄れ、フェンと他愛もない会話を楽しむほどになっていた。
それを隣で見る実の目は、些か冷やかではあったが。
「めっちゃ美味いな。」
「ほんとですか? よかったです。頑張ったかいがあります。実さんはどうですか?」
「……いつもどおり。」
そっけなく言う実に、拓也が「おい…」と非難めいた声をあげた。
しかし、実は拓也を見向きもしない。
拓也が気まずげにフェンを見ると、フェンはその顔に笑みを浮かべていた。
「ああ、いいんです。実さんも、最初はちゃんと美味しいって言ってくれましたから。それに、食事前にも美味しいのは確かだって言ってくれてたし。でも僕って、いつも〝どうですか?〟って訊いちゃうから、自然とこうなっていって……」
フェンの笑顔に、少々の照れが混じる。
「いつもどおりっていうのも、正確には〝いつもどおり美味しい〟って意味なのは分かってるんですけどね。なんかこう……もう一度ちゃんと美味しいって言ってもらいたくて、色々と工夫して何度も研究したんです。」
「そりゃ、熱心なことで。」
「あはは。物心がつく前から料理をしてましたから。そのおかげか、周りからこの短期間で腕を上げたなって褒めてもらえたし、両親からも店に出しても恥ずかしくないって認めてもらえたんです。本当に色んなことが上手くいってて、実さんにはすごく感謝してます。あとはもう……シェイラのことさえ、上手くいけば……」
「……あっ。」
ここでようやく、拓也はここに来た本来の目的を思い出す。
その隣で、実がようやくかと息を吐いた。
「さて問題です。俺たちは、ここに何しに来たんだっけ?」
「うっ……うるさいな!」
「それは失礼しました。」
平坦に言って、実はそっぽを向く。
拓也はそんな実を恨めしそうに睨んだ後、改めてフェンと向き合った。
「その……相談ってなんだ? おれ、フェンのことをよく知らないし、相談されても力にはなれないと思うんだけど……」
拓也としては、前半部分よりも後半部分の方が重要だった。
しかし、そんなことを知るはずもなく、フェンの表情が翳りを帯びる。
「実は……」
数秒躊躇い、フェンは拓也をまっすぐに見つめた。
「僕と一緒に、シェイラを説得してくれませんか?」
その瞬間、面白いほどに拓也から表情がなくなった。
唖然とするしかない拓也に、フェンはなおも続ける。
「シェイラは、グランさんのことを毛嫌いしているように見えて…。確かに、グランさんは強引なところがあるかもしれないけど、根はいい人です。力にも満ちていて、確固たる自信も備えていて…。グランさんならきっと、彼女を幸せにしてくれると思うんです。正直、僕にはなんでシェイラがグランさんをあそこまで嫌うのかが分からなくて。理由を訊いても〝とにかく嫌なの〟の一点張りなんです。どうにかならないかと……」
フェンの言い分に、拓也は戸惑いを隠せなかった。
シェイラがグランのことを嫌う理由など、分かりきっているではないか。
フェンは、グランの隣でならシェイラが幸せになれると本気で思っているのだろうか。
本当に、彼はシェイラの気持ちに微塵も気付いていないとでも?
真偽を確かめようにも、この空間は料理の香りに満たされており、フェンの感情の香りがいまひとつ感知できない。
それ故に、疑念を伴った不快感がとてつもない勢いで膨らんでいく。
シェイラと意思の疎通が図れないことが、一つの事実としてだ。
フェンの行動には、シェイラを説得するという選択肢しかないのか?
シェイラに歩み寄ってみようとか、彼女の気持ちを受け止めようとか、そんなことは考えないのだろうか?
そうだとしたら、これはただの押しつけだ。
これでは、あまりにもシェイラが気の毒ではないか。
「あ、あのさ、ちょっと言っておきたいんだけど―――」
思わず拓也が席を立ちかけた、その瞬間。
「はーい、質問。」
手を高く掲げた実が、そう言って割り込んできた。




