巻き込まれ事故は、他でも……
その後、シェイラが部屋を出ていくまでに、ゆうに十五分ばかりは経過したと思う。
シェイラが部屋を出ていき、人の気配が近くから完全に消えてしばらく。
実は、大人が三人くらいは寝られそうな大きいベッドの真ん中に、うつ伏せになって倒れ込んでいた。
目の前で誰かに泣かれたら、誰だって疲れるに決まっている。
たが、今はそんな精神的疲労よりも、あの気弱な少女が口にしたセリフが、いつまで経っても消えることなく木霊していることが気になる。
「力で失ったもの……か。」
ぼんやりと呟く。
そんなこと、考えたこともなかった。
失ったというより、この世界においては、自分という存在自体が最初からないも同然のはずだった。
この力も、この命も、本来ならとうの昔に潰えていたはずのもの。
だから、今こうして存在していること自体が奇跡であると認識していて、失ったという方向には考えが及ばなかった。
(俺が、失ったもの……)
胸の辺りがもやもやとする。
これ以上考えるのはよした方が無難だろう。
こんなことを真剣に考えても、きっと自分が惨めになるだけだ。
なんとか思考を別の方向へ持っていこうと試行錯誤していると、都合のいいことにドアがノックされた。
「実?」
ドアの方に目を向けると、わずかに開いたドアの隙間から、こちらの様子を窺うように室内を覗き込む拓也の姿があった。
「拓也……どうかしたの? 顔が死んでるよ。」
「失礼な。そんなことねぇよ。」
軽く受け流す拓也だったが、その顔色は決していいとは言えなかった。
「何かあったんでしょ? そんな顔してるんだから。」
「ああ、まあな……」
特に隠すつもりもないのか、元々これが用件なのか、拓也は素直に頷いた。
億劫そうな動作でベッドの端に座った拓也は、困り果てた表情に相応しい重たい溜め息を吐き出す。
「実は、フェンがさ……」
「はあ!? フェン!?」
その名を聞いた途端、実の眉が不愉快そうに歪む。
「あの大馬鹿野郎は…。今度はなんだっていうんだよ。拓也、突き放した方が身のためってやつだよ。躊躇っちゃだめ。」
「おれの話を聞く気、あるか?」
「……ごめん。続けて。」
少しだけ気まずい空気になったが、拓也は気にせずに再び口を開いてくれた。
「なんか、おれに相談があるって言うんだよな。で、これからフェンの家にってことになって。でも、ほとんど初対面のおれが一人で行くのも違和感あるだろ? そもそも、おれは行くとは一言も言ってないし、それとなく断ろうとしたんだけど、向こうが聞く耳持たずって感じでさ。もうどうしようかと思って……」
そんなもの、ばっくれればいい。
そうは思ったものの、それを拓也に押しつけるのもどうか。
ならば、自分が取る対応は一つ。
「分かった。俺も行くよ。」
「ああ、そうしてくれると助かる……って―――」
拓也は途中で言葉を飲み込み、目をまんまるにして実を見つめた。
「……え、マジ? 実が?」
その態度は、拓也がこの回答をほとんど期待していなかったのだと示していた。
なんだか気が削がれてしまい、実は半目で拓也を見やる。
「何さ?」
「いや…。実って、こんなに協力的だったっけって。」
戸惑いを隠せないらしい拓也は、物珍しいものを見るかのような視線でこちらを見ている。
「拓也……何気に、言ってることひどいよ? ってか、そんな善意的なもんじゃないから。俺は俺のために、とっととこの件にケリをつけたいの。これ以上面倒事に巻き込まれるのはごめんだよ。今日だって、シェイラに泣きつかれて大変だったのにさぁ……」
「はあっ!?」
それを聞いた拓也の口角が、ピクリとひきつった。
「それはそれは……実も実で、大変だったんだな。」
「そうなんだよ。まったくあいつら、一体どれだけ他人を巻き込む気なんだか。図々しいってか、他力本願もいいところだよね。」
実は勢いをつけてベッドから飛び降り、窓の外をちらりと一瞥する。
時刻は夕方。
日は西に傾いていて、街中を夕焼け色に染めている。
「もうすぐ日も落ちるな…。さっさと行こう。」
どこか不機嫌さを滲ませて部屋を出ていく実の後に、拓也は黙ってついていくしかなかった。




