芯に染み込む声
「……助けて。もう、一人じゃ耐えられないの。お願い。助けて、助けて……助けてよ!」
一生懸命実に抱きついたシェイラは、赤ん坊のように大声をあげて泣き始める。
家族は死んで、自分の周囲は嫌いな考えを持つ人ばかりで……
これまでの自分には、気兼ねなく本音を語れる相手がいなかった。
そんな自分に与えられた選択肢は、ただひたすらに耐えることだけだったのだ。
そんな状況でやっと見つけた同胞を目の前に、どうしてすがりつかずにいられよう。
ひたすらに泣き続けるシェイラ。
彼女が泣くことに必死でこちらのことなど気にしていないのを察したので、実は堂々と溜め息をついた。
こういう展開になるのが目に見えていたから、シェイラの前だけでは自分の意見を言うまいと気をつけてきたのに。
実際にこういう展開になってしまうと対応に困る。
(どうしよう、これ……)
視線を宙にさまよわせたまま、実はシェイラを突き放すことも抱き締めることもできずに、無言で彼女が落ち着くのを待った。
始めは大声で泣いていたシェイラも長い時間をかけ落ち着いていき、声は小さな嗚咽に変わっていく。
頃合いを見計らって、実は口を開いた。
「はっきり言うけど、フェンとグランのことは、俺にはどうにもできないよ。」
「はい。そこまで厚かましいことを言うつもりは……ないです。」
黙りこくられるかと思ったが、予想以上にシェイラの声はしっかりとしていた。
思い切り泣いて、少しすっきりしたのかもしれない。
そんなシェイラの様子を眺めながら、実は次の言葉を繰り出すことにする。
「一つ打開策があるとすれば、今俺の前で見せてる素のシェイラを二人にも見せることなんじゃない?」
「―――っ!!」
その言葉を聞いた瞬間、シェイラの肩が小さく震えた。
無意識にか、実のカーディガンを掴む手に力がこもる。
だが、実は遠慮しない。
「我慢も限界なら、全部ぶちまけたらいいんじゃないかな? 力が嫌いなら、はっきりとそう言えばいいじゃん。」
「でも…っ」
「そうやって怖がってると、手遅れになるんじゃないの?」
「………」
「フェンはまだ、シェイラのことが好きなままなんだ。シェイラの気持ちも考えないで、これがシェイラのためなんだって勝手に決めつけて距離を置いてるみたいだけどさ。だったら、フェンを変えられるのはシェイラだけなんじゃないの?」
実の言うことは、客観的故に正しいのだろう。
しかし、シェイラには首を縦に振ることができなかった。
「無理よ。どうせ、聞いてくれないもの。」
「シェイラ。」
縮こまるシェイラの耳朶を、実の凛と澄んだ声が叩く。
そこに込められた不思議な引力に、シェイラはのろのろと顔を上げた。
間近から、薄茶色の静かな双眸と目が合う。
「シェイラが俺に求める助けって何? 傷口を優しく労わってほしい? 客観的に状況を分析してほしい? 対策を見つけてほしい? それとも―――あの二人を、自分の前から消してほしい?」
「………」
「多分、俺にはそのどれもが可能だと思う。ただ、もし俺にこの件に直接関われと言うなら、誰かが何かを犠牲にすることになるとも思う。それだけは、覚悟しておいてほしい。」
すっと。
実の言葉は、不思議に思うくらいに心に深く染み込んできた。
反射的にそんなことは聞きたくないと思っても、もう手遅れ。
彼の声はまるで、自分の頭に―――心に、直接語りかけてくるかのよう。
「待っていても、きっと助けは来ないよ。シェイラが変わらないと、何も変わらないんだ。フェンとグランは自分たちの意見が正しいと思い込んでいて、部外者の意見を聞こうともしないから。あいつらの世界の限りなく中心にいるシェイラでしか、あいつらの世界は壊せない。」
「―――っ」
後頭部を殴られたかのような衝撃がして、シェイラは唇を戦慄かせた。
自分がやるしかない。
はっきりとそう告げられてショックを受けたと同時に、自分が動かずとも誰かがなんとかしてくれると思っていた自分がいたことに気付いた。
でも、そんなヒーローみたいな誰かはいないんだと。
実はそう、はっきりと述べたのだ。
「………」
シェイラは、ゆっくりと実から離れた。
「私は……」
震える声で、声を絞り出す。
「私は、力のせいで家族を失ったの。もうこれ以上……何も、失いたくない。」
「そう。」
誰にも言ったことのない本音を、実は静かに受け止めるだけだ。
赤の他人には、これ以上の対応は無理なのかもしれない。
当然だ。
しかし、そんな対応が今の自分には心地よかった。
「実さんは……」
ふと口をついて出ていた言葉。
無意識だったが、一度開いた口は自分の意思では止まらなかった。
「実さんは、力で何を失ったの? 何を奪われたの?」
「え…?」
「実さんも何かを失ったから、力が嫌いなんでしょう?」
重ねて問いかけると、困惑した雰囲気だった実の顔から、一瞬で表情が抜け落ちた。
我ながら、どうして急にこんなことを訊いているのだろうと思った。
でも、問いかけた直後に膨れ上がってしまったこの気持ちは、どうにもできなかった。
知りたい。
彼のことを。
それは、仲間欲しさから来る衝動だったのかもしれない。
「………」
実は、目を丸くして立ち尽くしている。
「実さん?」
シェイラが呼びかけると、実はハッと我に返ったようだった。
固まっていたその瞳が、突然虚空をさまよい出す。
「失ったもの……か。強いて言うなら、穏やかな生活と安全ってところかな。こう見えて、よく命を狙われるもんで。」
「そんな……」
シェイラは絶句する。
空気を震わせるその言葉の内容は、自分が想像していた答えとはあまりにもかけ離れていた。
信じられないと言わんばかりの目で、こちらをじっと見つめてくるシェイラ。
そんなシェイラと目を合わせて、実は力なく笑う。
「でも、皮肉なことに……力が嫌いなのに、俺は力がなくちゃ生きていけないんだ。妙な力を持っているせいで命を狙われるのに、その力なしには運命に抗えない。……ほんと、自分が嫌になるよ。」
小さく独白する実を、シェイラは複雑そうな表情で見つめるだけ。
これ以上は、何を話しても意味をなさないだろう。
そう判断した実は、シェイラに背を向けて窓辺に寄り添った。
「ねぇ、シェイラ。」
シェイラの名を呼んだが、別に彼女からの返事を求めているわけではない。
だから、実はそのまま言葉を続ける。
「さっき俺は、シェイラは俺に何を求めるのかって訊いたけど、俺が提示した選択肢は、どれもシェイラの希望じゃないと思ってる。第一、俺は他人の恋愛ごとに首を突っ込む気もないし。」
実は、くすりと笑って肩をすくめた。
「もう、俺の役目は終わったんじゃないかな。あとは、シェイラが自分で考えなよ。誰がどんなことを言っても、最終的に決めるのは自分じゃん。別にシェイラが異常ってわけじゃないんだから、自分を信じてみたらいいと思うよ。」
要約すれば、これはただ単にシェイラを突き放す言葉なのだが、できるだけオブラートに包んで言ったつもりだ。
しかし、最後の言葉にもシェイラは何も返してこなかった。




