彼を黙らせる言葉
いつの間にかグランから離れていた実は、銅像の土台に寄りかかって彼を見つめていた。
「………っ」
無意識に実へと視線を向けた拓也は、思わず息を飲むことになる。
銅像の影が重なっているせいで、実の表情はこちらからよく見えない。
しかし、鼻を突き刺すようなこの香り。
間違いなく、今の実はグランに対して怒りを抱いている。
街灯の明かりを微かに反射する薄茶色の瞳は、あまりにも静か。
つまり、かえって冷静になるくらいにお怒りだということだ。
実が魔封じの腕輪をしていて、本当によかったと思う。
ただでさえ寒気のする雰囲気ときつい香りに魔力まで加わっていたら、腰を抜かしていたかもしれない。
なんとか平然を装うこちらに対し、グランは怒りで感情が高ぶっているせいか、実の変化に気付くこともなく、平然と実を睨みつけている。
あの怒りオーラに気付かないとは、幸せ者め。
半ば驚嘆の意を覚える拓也を後目に、グランは実に苛烈な敵意をぶつけ続ける。
「なんだって?」
「聞こえなかった? くだらないって言ったんだよ。」
実も実で、喧嘩を真正面から買うことにしたようだ。
「力だけが全てとは、よく言ったもんだよ。……まあ、今のあんたには何を言ったって無駄だろうけど。」
そこで嘲笑を浮かべた実は、グランへと謎めいた言葉をかけた。
「あんたが嫌っている周りを、よく見ることだね。見失ってるよ、あんたは何かを。」
「この…っ」
カッとなったグランが、実の方へ歩を進めた。
この後の展開が即座に読み取れた拓也は、とっさにグランの前に回り込む。
「お前っ……そこをどけ!」
怒り心頭といったグランは我慢の限界なのか、目の前の拓也に向かってその拳を振り上げる。
しかし―――
「動くな!」
「ぐっ…」
拓也の一言で、あんなに勢いづいていたグランの腕が止まる。
しかし、それはグランの意志ではなく、拓也の魔法がグランの体の自由を奪ったが故のもの。
その証拠に、グランは驚愕と悔しさの両方が見て取れる険しい表情で、拳を小刻みに震わせていた。
「てめえ、よくも…っ」
喘ぐように言うグランの敵意が、実から拓也へと移る。
「そういえば、おれの魔力はお前よりも劣るって言ってたっけ?」
余裕をたたえてグランを見据える拓也は、その碧い瞳に鋭い光を宿す。
途端に拓也の体からあふれ出した魔力に、グランがぐっと息をつまらせた。
「悪いけど、魔力でお前に負けるつもりはない。一応、これでも知恵の園で育ってきたんだ。それくらいの自信は持っておかないとな。」
「なっ…!?」
拓也の発言を聞き、グランは大きく目を瞠る。
魔力や魔法に重きを置く者なら、その名前を聞いただけで拓也がどんな人間なのかを察することができるはずだ。
知恵の園で育ったということは、生まれ持った魔力の強さを国に保証されているということ。
そして、知恵の園に籍を置く人々の技量が一般のそれを大きく上回ることは、世界的にも有名な話だ。
初めから、グランが拓也に敵うわけがないのである。
さすがのグランも、それが分からないほど馬鹿ではないようだ。
彼は悔しそうに顔を歪めながらも、これ以上の悪態をつかなくなった。
「よっ、ナイス脅し~。でもまさか、自分の出自をばらすとは思わなかったよ。」
笑いながら、実が茶化してくる。
そんな実から怒りが消えたことに安堵しつつ、拓也は大きく溜め息をついた。
「お前なぁ……誰のせいでこうなったんだよ、誰のせいで。」
力を重んじるグランを黙らせるには、その力で彼を超越しなければならない。
それを端的に分からせるには、知恵の園の名前が大きな効力を発揮するのだ。
「まあまあ、そこは気にせずに。」
悪びれもなく言ってのける実。
と、そんな実の耳に―――
「そうよ。力なんて……」
空気に消え入るような、小さい声が流れてきた。
実は、ちらりとそちらを見る。
シェイラだった。
たまたま実の近くにいたシェイラの口から、普段より一つも二つも低い声が発せられる。
「力なんて……大嫌い。」
恨みや憎しみ、怒りがこもった声。
実以外に、それに気付いている者はいない。
怨恨に彩られた表情で地面を睨むシェイラを、実は黙って見下ろすだけ。
底冷えするほどに、冷たい瞳で―――




