実の提案
自分たちを呼び止めたのは、シェイラの声だった。
(……最悪だ。)
実は頭痛でもこらえるように額に手をやり、三人の方を振り返った。
その先では、少年がすまなそうに両手を合わせていた。
どうやら、先ほどのやり取りをシェイラが見咎めていたようだ。
グランが、ちらりとこちらを一瞥する。
また絡まれるのかと思ったが、グランはすぐに視線をシェイラへ戻した。
拓也はどう反応すればいいのか分からず、ただその光景を見つめるばかり。
一方の実は、不愉快そうな表情を崩さない。
グランはそんな二人には目もくれず、シェイラに訊ねた。
「なんでだよ?」
「最近のグラン、やりすぎだと思う。このままじゃ、周りの人にもっと迷惑をかけちゃうわ。」
「周りなんか関係ないだろ。」
シェイラの言い分を、その一言で切って捨てるグラン。
何かをこらえるように目元を力ませたシェイラに、グランはなおも言葉を続ける。
「俺は、お前に認めてほしいだけなんだって。周りに迷惑だって思うなら、もう少し俺の誘いに乗ってくれよ。」
随分と自分勝手な言い草だ。
そんな不快感を抱かずにはいられない。
話が始まる前から実が嫌な顔をしていたということは、三人で集まる時は大抵こういう話になっているのだろう。
「……嫌だって、言ってるじゃない。どうして聞いてくれないの?」
シェイラはそう言うが、その口調は弱々しく、とても抗議しているとは受け取れない。
そして案の定、彼女の言葉はグランに微塵も響いていなかった。
「なあ、きっかけがなくちゃだめだろう? 俺は、お前を幸せにしてやりたいと思ってる。それだけの力をつけるために、努力もしてきた。どうやったら、それを認めてくれるんだ?」
「じゃあ、守護獣の統一でもやれば?」
「!!」
急に横槍を入れてきた声に、三人が驚いてそちらを振り返る。
声の主は、もはやこの場から立ち去る気も失せたのか、レンガ塀に気だるげにもたれて腕を組む実だ。
話を堂々と聞くどころか割って入っていった実に、拓也は狼狽する。
「なんだと?」
グランは低く唸って実を睨む。
それに対し、実はにやりと笑った。
「それだけやれば、シェイラだけじゃなくて、街のみんながあんたを認めるんじゃない?」
「だが、あれは……」
言い澱むグランに、実が目を丸くする。
もちろん芝居だろう。
さっきまであんなに不愉快そうな顔をしていた実が、たかだか数秒でグランの味方に回るわけがないのだから。
「あれー? 力が何よりも一番だって思ってるあんたには、最高の提案だと思ったんだけどなぁ……」
実の言葉に、ほんの少し棘が混じる。
そこに込められたのは嘲りだ。
それは、注意して聞かなければ分からないくらいささやかなもの。
しかし、グランはそれを敏感に感じ取ったらしく、瞬く間に表情を険しくした。
「なんだよ。てめぇ、俺の考えに文句あんのか?」
「………」
次の言葉には答えない実。
それをどう捉えたのか、グランは忌々しげに舌を打った。
「この街の連中はいつもそうだ。みんなで協力しようって、いつも束になろうとしやがる。守護獣がいるからって自分の力を磨くことを忘れて、使わなくなった力は廃れた。それなのに力がなくたってやっていけると、そんな生ぬるいことしか考えてねぇんだ。」
「守護獣と共存するのは、この街の人たちが選んだ生き方でしょ? 潜在的な力が廃れたのだって、廃れてしまった今となっては仕方ないよ。ないものをねだっても意味ないじゃん。」
実の返答は、単なる事実を述べるように平坦なもの。
それが癪に障ったらしく、グランが吼えるように叫んだ。
「努力もしねえで、何がないだ!! この街の連中は、やりもしねえで諦めてる。それが気に食わねぇんだよ!!」
徐々に怒りを露わにするグランは、そこでもどかしげに奥歯を噛む。
「だけど、俺の考えはここでは理解されない。おい!」
グランは勢いよく大股で歩くと、実を通り過ぎて拓也の前に立った。
「えっ…?」
まさか巻き込まれるとは思っておらず、拓也はグランを見上げて固まる。
「お前は、ここの人間じゃないよな。じゃあ、俺の考えを理解できるか?」
「は……はあ?」
そんな風に勝手に話を進められても、ついさっきまで完全な部外者だった自分にはついていくことができないわけで。
だが、そんなことはグランの知るところではないよう。
こちらが頼んだわけでもないのに、話を先を進めてしまう。
「力が全てだとは思わないか? この国では、魔力が強くて魔法を精巧に操ることが一番だ。金も手に入るし、大事なものを守ることもできる。力に勝るものなんて、ありはしないだろう?」
迷いがないグランの言い分。
それを、拓也は否定も肯定もしない。
どう答えていいものか分からない、というのが本音だった。
グランの考えが必ずしも正しいとは思わないが、彼が言っていることがこの国の実情であることも事実ではある。
グランは拓也から目を離さない。
答えるというか、同意するまでは逃がさないとでも言いたげな威圧感である。
「―――くだらない。」
極寒を思わせる声が実から放たれたのは、その時のことだった。




