一番遭遇したくない状況
分かりきってはいたが、あのコーレンが尚希とエーリリテを素直に離すわけがなかった。
きっと、今日はどれだけ待っても尚希たちが解放されることはないだろう。
そう判断した実と拓也は、一足先に酒場を後にした。
街の通りに人はいない。
微かな足音さえも大きく聞こえる帰路の途中、二人はある光景に遭遇した。
大通りの真ん中に作られた広場。
その中央に立つ銅像の足元に、三人の男女が立っていた。
一人はシェイラだ。
もう一人は、昼間にエーリリテの所へ押しかけてきた男。
そして最後の一人は、拓也が見たことのない少年だった。
年格好はシェイラたちと同じくらいだろうが、線が細くまだ幼さも残る顔立ちから、他の二人よりもいくつか年下に見えた。
おっとりとして、ふんわりとした印象を受ける少年だ。
その三人の姿に拓也はきょとんとし、実は何故か不愉快そうに顔をしかめた。
三人は、実と拓也の存在に気付いていない。
(まずい。近付きすぎた。)
思わず、小さく舌打ちをしてしまう実。
屋敷に戻るには、大通りを突っ切っていくのが一番早い。
だからこうして大通りに出たのだが、出た先でこんな光景にぶち当たるとはついていない。
考えうる限り、一番遭遇したくない状況だ。
このままこっそり去ろうにも、この近距離だと誰かしらに気付かれてしまいそうだ。
かといって、こんなことで移動魔法を使うのは大袈裟だ。
その前に、腕輪をしている今の自分には大した魔法が扱えない。
とはいえ、部外者面で横を通り過ぎることも無理。
自分はもう、彼らの問題に何度も口を挟んでしまっているのだから。
どうしたもんかと思考を巡らせる実と、石のように固まる拓也。
会話を盗み聞きするつもりはさらさらないのだが、この妙に緊張した空気が嫌でも心臓に早鐘を打たせ始めた。
自然と、息も抑えられる。
やがて、シェイラがぽつりと言った。
「ねえ、グラン。しばらく、距離を置こう?」
「拓也、俺たちの気配を消してくれる?」
シェイラの言葉を聞いた瞬間、実が拓也に囁いた。
それに、拓也が無言で頷く。
拓也が軽く指を振ると、視界が紗をかけたようにかげった。
これはかなり込み入った話のようなので、さっさと退散した方がよさそうだ。
気配を消しておけば、向こうが明確にこちらを視認しない限りは存在に気付かれない。
とはいえ、このまま突っ切るのは忍びないので、今しがた出てきた細い通りに戻ろうと踵を返しかけた、その時―――
ふと、少年がこちらを向いた。
「げっ…」
反射的に肩を震わせる拓也。
それとは対照的に、実は驚く素振りも焦る素振りも見せなかった。
実は少年と目を合わせると、人差し指を立てて口元へ当てる。
すると、少年は先ほどからずっとそうだった無表情の顔を少しだけ傾けて、次に微かに頷いた。
ほんの数秒の、言葉のないやり取り。
少年はそのやり取りを終えると視線をずらし、こちらを気にするような仕草を一切見せなくなった。
「よし。」
「あ、あれ…?」
状況についていけず、ポカンとする拓也。
「あいつは、気配に気付きやすい性質なんだ。この程度の気配消しならばれる。今見なかったことにってことで同意したから、早く行こう。」
早口に説明して、実は細い通りに入った。
入ろうと、した。
「あれ? 実さんに、拓也さん?」
そんな風に自分たちを呼ぶ声がなければ、面倒事を回避できたはずだったのに……




