自分の内側に存在するモノ
くすくすくす……
どこかで、笑い声が響いている。
「あっれー? また降りてきちゃったの?」
自分の後ろに、音もなく立つ存在が一つ。
振り返る気は皆無なので、目の前の暗闇に視線を固定。
「うるさい。話しかけてくるな。」
「そうは言ってもねぇ~…」
彼は肩をすくめた。
「僕はここから動けないし、降りてくるのはいつも君の方じゃない。どうせ、またぐるぐる悩んでるんでしょ?」
「だから、話しかけてくるな。俺を動揺させれば、意識を奪えるとでも思ってるのか?」
苛立ちも露わに言うも、彼は軽やかに笑うだけだった。
「まさか。僕たちがそんな簡単なことでどうにかなる関係じゃないのは、他でもない君が知ってるでしょ。」
「……そうだな。」
話しかけるなとは言うものの、彼に何かを言われるとどうしても言い返さずにいられないので困る。
無言の隙を作ってしまうと、途端に彼に何もかもを乗っ取られてしまうような気がするのだ。
「……まったく。お前は、消えたと思ったんだけどな。」
落胆と共に肩を落とす。
彼は、相も変わらず笑うだけだ。
「期待外れで残念? でも、君の認識には間違いがあるよ。」
「間違い?」
「そう。間違い。」
彼は背後を離れていく。
「僕という存在は、確かに一度消えている。それを無意識に再構築したのは君なんだよ。」
「俺が?」
思わず振り返る。
視線の先では、暗闇の中を楽しそうに子供が泳いでいた。
嫌というほど見覚えがある―――幼い頃の自分を象った悪魔が。
彼は無邪気に微笑む。
「そう。君は、昔の自分の価値観という形のないものに逆らおうとしている。でも、形のないものに逆らうのは困難だ。欲望や衝動……そういったものに、人間がなかなか勝てないようにね。だから君は、昔というものをきちんと認識できるように、僕をあえて再構築したんだ。君の支配下になかった魔力が人格を持った存在である僕を、いつでも認識して憎めるように。……まあ、半分上手くいってるけど、半分上手くいかないってところかな? こうして、ここによく降りてくるってことはさ。」
子供が唇を歪める。
そこにあるのは子供らしい無邪気さを伴った笑みではなく、目の前のおもちゃをいたぶる狂気の眼差しを宿す歪んだ笑みだ。
「だって、ちゃんと昔と決別できているなら、ここを顧みる必要なんてないもの。それ以前に、僕という存在を作り直す必要もない。君は自信がないんだ。だからこうやって、僕という存在を確認して自分を確かめたくなる。実のところ、僕の存在意義は君に左右されているってこと、そろそろ理解してほしいんだけどな。」
「……黙れ。」
「嫌だね。君がここにいる限り、僕は黙らないよ。」
子供がぐいっと近寄ってきた。
憎たらしい笑顔が、すぐ眼前に迫ってくる。
「僕の存在意義は、君に憎まれることだもの。君の意志で生まれた以上、その存在意義を全うするさ。それで、君が壊れちゃってもね。嫌なら、僕のことを消せばいいんだよ。……もっとも、今の君の精神状態でそれができるとは思わないけどね。まあ安心してよ。僕が君を乗っ取るようなことは、よほどの状況じゃない限りないと思うからさ。」
子供は愉快そうに笑う。
その笑い声で聴覚が満たされるにつれて、自分の体が怒りで震えるのを感じていた。
目の前が真っ赤になりそうだ。
だけど、こいつの言うことを何一つ否定できない自分がいることもまた事実。
視界が、ぐるぐると回る―――




