表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第2部】守護する獣の街
86/1258

変わっても、変わっていないところ


「どういうことよ、実!」



 エーリリテからマイク越しに怒鳴られた実は、不満げに眉を寄せた。



「ええぇ…。今回は、俺のせいじゃないって。」



「じゃあ、誰のせいだっていうの? キースをここに連れてきたのは、あんたなんでしょ。そもそも、なんでここにキースを連れてきたのよ?」



「………っ」



 エーリリテに鋭く問われた途端、実が気まずそうに視線を()らした。



 実よ、何故そこで黙るのだ。



 拓也は、実の()せない反応に目をしばたたかせる。



 これが実のせいではないことは、自分も尚希も分かっている。



 しかし、当の実がこんな反応をしては、この状況を作ったのが実であると肯定しているようなものではないか。



「何黙ってんのよ。やっぱ、あんたのせいなのね。」

「いや……その……」



 しばらく口ごもっていた実だったが、ようやく覚悟を決めたらしい。

 実は息を大きく吸うと、誰とも目を合わせないようにして口を開いた。



「尚希さんを連れてきたのは、その……エーリリテの歌、尚希さんも聞いてみたいかなーって思って…。あの、だからっ……他人として聞いたとしても、エーリリテって、歌……う、上手いからさ…。それで二人を連れてきたら……みんな、なんか色々と知ってて、俺もびっくりしたっていうか、なんていうか……」



 つっかかりまくりでたどたどしい上に、尻すぼみに消えていく声。

 この場にいる誰よりも赤い顔。



 今の発言が本心だということは明らかだ。



 表面ではエーリリテや尚希をからかったりしながらも、裏では二人に気を遣って色々と考えていたらしい。



 エーリリテと尚希は、実の答えが意外だったのか言葉を失っている。

 コーレンを始めとする他の客たちも、口をあんぐりと開けていた。



 時を止めてしまったかのような酒場を見回した拓也は、最後に視線を隣へ。



 皆からの視線が恥ずかしいのか、実は顔を下に向けている。

 そんな実が唐突に封印を解く前の実に重なり、気付けば噴き出してしまっていた。



「!?」



 瞬間、実がバッと顔を上げた。



 恥ずかしさのせいかその目が綺麗に潤んでいるものだから、こちらはなおさらに笑いが止まらなくなってしまう。



「な、なんで笑うのさ!」



 真っ赤な顔で抗議する実と、ひたすら笑い続ける拓也。

 そんな拓也に触発されてか、店の客たちも一斉に笑い始めた。



 まさかの展開に、実が混乱した様子できょろきょろと周りを見回す。



「周りにあまり関心のない、きっつい子だと思ってたけど……」



 客の一人が、涙目で口を開く。



「そうそう。まさか、そんなことを考えてたとはな!」

「なっ…」



 そんなことを言われて、実は言葉につまる。



 反射的に何か言い返そうとしたものの、これ以上何かを言えばさらに墓穴を掘ることは必至。



 最終的には、黙り込むしかなかった。



 せめてもの腹いせに隣で笑いすぎて呼吸を乱している拓也に渾身の睨みを向けてやったが、効果はいまひとつ。



「はっはっは!」



 一際大きな声で、コーレンが笑う。



「いいぞ、実。ますます気に入った! ほら嬢ちゃん、歌ってやれや。みんなが待ってるだろ?」



 コーレンにそう言われ、エーリリテはようやく我に返る。



「えっ!? いや、ちょっと待って!」



 わたわたと慌ててステージの奥に引っ込むエーリリテ。

 それから数十秒後、彼女は何事もなかったかのようにステージへ戻ってきた。



 目を閉じるエーリリテには狼狽(うろた)えた様子もなく、微かな緊張感を漂わせながら深呼吸を繰り返している。



 表情も真剣そのもの。

 尊敬できる切り替えの速さだ。



 尚希の周りにたむろしていた客らが席へ戻る。



 尚希は未だにコーレンの拘束から(のが)れられずにいたが、エーリリテを見る目には大きな期待と一抹の不安が入り混じっていた。



 ようやく本来の静けさを取り戻した酒場に、ピアノの音が流れ始める。

 少し長めの前奏の後に、エーリリテが大きく息を吸い込んだ。



 その直後、澄んだ、本当に透き通った声が響いた。

 水のように清く、聴く者の心に染み入るような声だ。



 高く、低く、大きく、小さく。

 語りかけるように優しく響く、声という名の音。



 お互いの音に勝つでも負けるでもなく、調和が取れた心地良い音楽と歌だった。



「すげ…」



 その一言しか出てこなかった。



「……でしょ?」



 驚きながら呟く拓也に、そっぽを向いた実がそう告げる。

 未だに(しゅう)()が抜けない実に、拓也は柔らかく微笑んだ。



「大丈夫だよ。」

「……え?」



 唐突にかけられた言葉に、実が間の抜けた声をあげる。

 拓也はそれに構わず続けた。



「大丈夫。実なら、心配することない。今は大変かもしれないけど、そのうち昔とかどうとか悩む必要もなくなるさ。」



 自分に向けられた、優しくて温かい言葉。

 実はとっさに返す言葉を探すことができず、うつむくしかなかった。



「余計なお世話だよ。馬鹿。」



 口から零れたのは、ぶっきらぼうでひねくれた言葉。

 でも、拓也はそれを面白おかしく笑い飛ばすだけだった。



「………」



 無意識のうちに、拓也からは見えない方の手を強く握り締めていた。

 その衝動を抑える意味も込めて、ゆっくりと目を閉じる。



 頭の中で、拓也の声が()(だま)する。

 そして、それとはまた別の声も。



「大丈夫、か……」



 その声は誰にも届くことなく、実の耳にだけ響いて消えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ