常識を逸脱した技術
その夜。
実たちは昨日と同じ、あの殺風景な場所に立っていた。
また昨日のような光景を見るのかと思うと、何も起こっていない今から背筋が凍っていくような気がする。
緊張とほんの少しの怯えを滲ませる拓也と尚希の前で、実は至って冷静な表情で地平線の向こうを見つめていた。
ふいにその顔がくるりとこちらを向き、茶色い瞳が拓也たちをガラス玉のように映す。
「今日はこの後用事があるので、早めに済ませますね。」
浮かべられたのは、穏やかな笑顔。
これから起こるであろうこととその表情には、あまりにも大きな温度差があった。
何も言えない様子の二人から前へ視線を戻し、実はすっと目を細める。
遥か遠くには、すでにゆらゆらと何かの影が見え始めていた。
それにしても、何故わざわざあんな遠くから人形を出現させるのだろう。
何かの演出のつもりだろうか。
条件反射のように、これを差し向けてきた奴の顔が浮かぶ。
しかし、あんな奴の考えなど理解できるはずもないので、さっさと思考から切り離すことに。
実は呆れたような息を一つつくと、左手を胸辺りまで掲げて袖をまくった。
そして、そこから現れた銀色の腕輪に軽く触れる。
細い指が軽いタッチで腕輪の上を踊る。
何かの法則性があるのか、実の指に迷いはない。
―――カチッ
ふとそんな音が聞こえたかと思うと、腕輪が二つに割れて実の手首から落ちた。
その瞬間。
「―――っ!?」
得も言われぬ感覚に、拓也と尚希は体を震わせることになる。
腕輪が外れた途端に、実の全身から尋常じゃないほどの魔力が噴き出したのだ。
あまりの強力さと濃密さに吐き気が込み上げて、地面がぐらぐらと揺れるような錯覚が頭を揺さぶる。
一方の実は二人の様子には一切触れず、目を閉じて口を動かし始めた。
「これは……精霊魔法、か?」
実の力に圧倒されながらも、気付いた拓也がそう呟く。
この世界に存在する魔法には、自分の魔力を使って展開する魔法の外に、精霊や神といった高位の存在から力を借りる魔法がある。
個人で使う魔法とは威力が桁違いなので、いざという時の切り札にはうってつけなのだが、精霊魔法にはとにかく制限が多い。
術者本人の魔力の強さ以前に、精霊との相性がよくないとこの魔法は使えない。
それ故に、精霊から借りられる力の量にも個人差が大きく現れ、安定的な威力で精霊魔法を使えるのは四大芯柱だけだとも言われている。
そもそも、精霊魔法は知恵の園でしか知られていない秘匿魔法であるはず。
以前サリアムを打ち倒した時から疑問だったが、知恵の園で育っていない実がこうも簡単に精霊魔法を使えるのは何故なのか。
しかも、実に集まっている精霊の力は四属性全て。
属性の縛りを越えて全精霊の力を借りられる理由も謎だ。
地球でエリオスによる指導が入っていたことを差し引いても、実の魔法技術は常識を大きく逸脱しているとしか思えなかった。
拓也がそんなことを考える間にも、実の力は精霊の力を伴って徐々に大きくなっていく。
膨大かつ強力な魔力は陽炎となり、実の周りでゆらゆらと揺れていた。
そんな中、呪文の詠唱を終えた実は静かに目を開く。
その時には、大量の人形たちがかなり近付いてきていた。
「……じゃあね。」
ぽつりと零れる、感情がこもらない空っぽな声。
瞬間、巨大な光の波が人形たちへ向かっていったような気がした。
あまりの速さに目がついていけず、どうにか状況を確認しようとした拓也と尚希だったが、次に巻き起こった突風とまばゆく弾ける閃光が何もかもを飲み込んでしまう。
そして、大きな音も一人の悲鳴も聞くことなく―――全てが終わってしまった。




