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世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第2部】守護する獣の街
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実の異変

 実たち三人がピアノ部屋に駆けつけると、エーリリテが自分よりも一回りも二回りも大きい男に睨みを()かせていた。



「だからぁ、言ってるだろ? シェイラは今日、俺と約束があるんだよ。だから迎えに来たんだって。」



 男に物言いに、エーリリテが鼻をふんと鳴らす。



「約束なら、別の日にしなさいよ。こっちの方が優先よ。」



 エーリリテがそう言うが、男はそれでも引く様子がない。



「今日の約束は、ずっと前からだったんだぜ?」



「じゃあなんで、シェイラはここに来たわけ? 前々から予定が入っていたなら、今日にレッスンは入れないはずよ。」



「はっ、どうだか。」



 男が嘲笑を浮かべる。



「日程なんて、どうせお前が勝手に決めてるんだろ? 領主様の娘の言うことを、聞かないわけにはいかないもんな。」



 その言葉に、エーリリテがカッとしたような表情を見せた。

 勢いに任せるまま、エーリリテは男性の胸ぐらを乱暴に掴む。



「じゃあ、なんでシェイラはあんなに怯えているの!?」



 エーリリテが男に向かって怒号を飛ばす。



 シェイラは、ピアノの陰に隠れるようにして立っていた。

 その目はエーリリテの言うとおり、どことなく怯えているようにも見える。



「私のことをどう言おうと勝手よ。それ相応のことをしてきたと思っているもの。当然だわ。でもね、シェイラはあなたが来た瞬間からずっと怯えているのよ。約束があって迎えに来たなら、どうしてこんなに怯える必要があるのよ?」



 エーリリテは男を離すと、そのまま男をシェイラの方へ押しやった。



「答えは、シェイラに聞くのね。」



 急に自分の方へ男を押しやられたシェイラは息を飲んだ。



 相当怯えているのか、顔色は青を通り越して蒼白だったが、それでも彼女は手を強く握り締め、小さな声で言う。



「かっ……帰って。」



 本当に小さな声だったが、男には十分に届いたようだ。

 男の顔が、あっという間に怒りに染まる。



「シェイラ!」



 男の声に、シェイラはビクッと身をすくめた。



 しかし、彼女は自分を奮い立たせるように目を一度きつく閉じると、次に涙目で男を見据(みす)えた。



「お願い、帰って。私は、好きでここに来てるの。相手がエーリリテさんだからじゃないわ。だから、帰って。帰ってよ!」



「………っ」



 シェイラに言い切られた男は、眉根を険しくする。

 そして、忌々(いまいま)しげに舌を打つと(きびす)を返した。



 そこで、男と実たちの目が初めて合う。



 男は若かった。

 実や拓也よりは、尚希に近い年格好だ。



 男は驚いたように目を丸くする。

 そして、その時たまたま一番前にいた拓也にじっと目を()らした。



 探るようなその視線に、拓也は不可解そうに眉を寄せる。



「……な、なんですか?」

「お前……結構力が強いんだな。まあ、俺には劣るかな。」

「………っ!!」



 男の言葉に、拓也と尚希双方の表情が不愉快そうに歪んだ。



 それもそうだろう。

 知恵の(その)で育っている二人には、自身の魔力に対する自信が相応にある。

 それを急に出てきた男に劣るなんて言われて、不愉快に思わないはずがない。



 これは、なんと滑稽(こっけい)な光景だろうか。



 顔をしかめる拓也たちの後ろで、実は思わず小さく噴き出してしまう。

 それで実の存在に気がついたらしい男は、途端に侮蔑の表情をその顔に浮かべた。



「なんだよ、お前いたのかよ。力のない(やから)はすっこんでろって、いつも言ってんだろ。」



「……はあ?」



 猜疑(さいぎ)の声をあげたのは、拓也と尚希だ。

 その後実を振り返って、二人は初めて実の異変に気付く。



 普段あんなに実から(ほとばし)っているはずの魔力が、今は()(じん)も感じられないのだ。



 絶句する二人の前で、実はにっこりと笑う。



「俺に会いたくなければ、ここに来なければいいんじゃない? 俺は別に、自分からあんたに会いに行ったことはないよ?」



「………っ、………」



 実が言うことに言い返せないのか、男は唇を噛み締める。



「……覚えてろ。」



 そんな捨て台詞(ぜりふ)を吐いて 、男は足早に部屋を出ていった。



 しばらくして。



「世間知らずが。」



 そうそう他人を罵倒しない尚希が、珍しく辛辣(しんらつ)な言葉を零した。 

 そんな尚希に、エーリリテが気遣わしげに近付いていく。



「ごめんね、キース。嫌な思いさせちゃったわね。」

「いや、大丈夫。それにしても、なんであんな奴が普通に領主邸に出入りしてるんだ?」



 本来、貴族の邸宅に庶民が入るのはご法度(はっと)

 招かれたにしても、それ相応の服装と礼儀が求められるはずだ。



「あー…。変わってることは重々承知してるんだけど、うちって貴族にしては自由というか、かなり開放的というか……」



「まさか、領民を自由に出入りさせてると…?」



「見張りはいるし、手荷物検査もしてはいるもの。だから、用件が明確かつ来客がないなら、基本的にはお通しする感じで。」



「……マジで変わってるな。どうりでオレたちも普通に受け入れられてたわけだ。」



 自身が知る貴族とは全く違ったからか、尚希はなんとも言えない表情。

 彼の視線に耐えかねたエーリリテは、わざとらしく手を叩いて話を変えた。



「それより、キースがどうしてここに?」

「あ…っ」



 エーリリテからの問いかけに、尚希は頬を赤らめてたじろぐ。



「急にエーリリテの怒鳴り声がしたから、心配になって…。邪魔して悪かったな。」

「ううん、心配してくれてありがとう。」



 好きな人に心配されて嬉しいのか、エーリリテは柔らかく微笑む。

 それで安心したらしく、尚希の表情も似たような笑顔に。



 実たち外野がそっと目を()らす中、束の間の恋人時間を終えた二人が別々に動き始めた。



「さて。邪魔者は消えたし、やるわよ! シェイラ!」

「は、はい!」

「オレたちは出るぞー。」



 レッスンに向かうエーリリテたちを横目に、尚希は実と拓也の背を押してピアノ部屋を後にするのだった。



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