時間の違い
あまりにも重苦しい沈黙。
それをどうにか紛らわそうと、尚希は慌てて口を開いた。
「そ……それにしても、実。あんな戦い方なんて、いつ習ったんだ? 剣の扱いとかも、随分と手慣れてたけどさ。」
「いつって……」
訊ねられた実は、記憶を手繰るように視線を宙にさまよわせる。
「魔法関連については、ここにいる頃から独学で勉強してましたね。体術系は、地球に行ってから父さんに習ったりしたかな。あんなスパルタ訓練、後にも先にもあれだけだと思いますよ。まあ、俺が念のために教わりたいって言ったのが始まりなんですけどね……」
「ああ……」
拓也と尚希は、二人揃って遠い目をする。
エリオスは普段はとても穏やかなのだが、訓練になると一転、その指導が鬼のように激しく厳しいことは、知恵の園でも有名だった。
そして拓也と尚希の二人は、それを身に染みて知っている。
「ん…?」
そこで、尚希ははたと思い至る。
「ここにいた頃って…。お前、三歳までここにいて、五歳で力と記憶を封印してたんだよな?」
「ええ。」
「それまでの間に、今の技術を身につけたってのか?」
「まあ、そうなりますね。」
「………っ!!」
ここでようやく、実の異常さに気付く二人。
あれだけの技術を、たった五歳で身につけていたという事実。
普通に考えるならありえない。
二人の驚愕をよそに、実は独り言のように続けている。
「今考えると、こっちにいた時はともかく、地球に行ってからの訓練は、急ぎすぎていたかもと思わないでもないんですよね。でも、逃げたとはいえ安全が確保できたっていう確証はなかったし、俺はやっぱり周りを警戒して焦ってたしなぁ…。でも、父さんだったら地球とこっちの時間の流れの違いを利用するって方法くらい思いつきそうだけど……やっぱり、父さんも焦ってたのかな?」
「時間の流れって……」
そういう問題では、実の年齢に対する実力の異常さを説明はできないと思うのだが。
そう意図した尚希の呟きを、実は全く違う意味として取ったらしい。
「そうなんですよ。」
と言って、話を続ける。
「俺、地球に来てからは地球の時間軸に沿って成長してたんで知らなかったんですけど、こっちと地球って、次元を越えているだけあって、時間の流れが結構違うじゃないですか。それを利用することは、いくらでもできたんじゃないかって思うんですよ。」
「確かにな。……え?」
同意しかけて、また尚希が疑問に満ちた声をあげる。
「実って、こっちで生まれてるよな。」
「? そうですけど?」
「……いや、単純な疑問なんだけどさ。」
尚希は思案げに腕を組む。
「時間軸に注目して考えたこともなかったから、気になったことはなかったんだけど…。ここで生まれた人間が地球に行ったら、体の成長は地球の時間軸に適応してくれるもんなのか?」
地球の一日とアズバドルの一日を並べると、その時間の流れには大きな差がある。
本当なら、生物は一つの世界で一生を終えるべき。
しかし、この世界には次元を越える手段が存在してしまっているため、自分たちのようにアズバドルから地球へ住処を変える人間が少なからず存在する。
そうなった時、果たしてアズバドルの人間の肉体は、どちらの時間軸に沿って時を刻むのだろうか。
尚希はそう思ったのである。
「さあ…。俺が地球の時間で成長してるんで、適応するんじゃないんですか?」
「……いや、でも―――」
そこで口を挟んだのは拓也だ。
「前に読んだ文献で、何かしらの事故で地球からアズバドルに来た人間は、通常よりも老いるのが早くて寿命が短いらしいって書いてあったんだよな。次元が渡れるようになってから今までの長期間に亘る報告の結果だから、多分間違ってるってことはない……はず……」
「………?」
実がきょとんとした顔をする。
拓也と尚希も、思わず首を捻った。
実の例を取るならば、生まれに関わらず、地球にいれば地球の時間軸で、アズバドルにいるならばアズバドルの時間軸で体の時は刻まれると言える。
逆に文献の情報を取るならば、体に流れる時間は生まれた世界に依存してしまい、世界を越えて住処を変えれば、時間が経つほどにその差が顕著に現れるということになる。
アズバドルの時間の流れは、地球の時間の流れと比べるとかなりゆっくりだ。
だから、地球の人間はアズバドルの人間よりも早く年を取ってしまう。
その結果、老いが早く寿命が短いとの観察結果が出る。
拓也が読んだ文献が示していることはこうだ。
しかし、文献の情報を正しいとするならば、アズバドルで生まれながら地球の時間で成長してきた実の存在に矛盾が生じるのだ。
「あー…。ってことは、父さんが何かしらの細工をしてるのかな。俺がちゃんと地球で生活できるように、無理やり体内の時間を早めてるとか。」
言われて、拓也と尚希が納得したように頷く。
「ああ、なるほど。」
ここは、地球の不可能を可能にする技術が横行する世界だ。
地球の論理的分析など、いくらでも破綻させることができる。
「じゃあ……お前、こっちで暮らしてたらいくつだったんだ?」
ふと疑問に思った拓也が問う。
「えーっと……。尚希さんが地球で六年過ごしてる間に、こっちでは二年くらいしか経ってなかったわけでしょ? それで計算するなら、理論上は……このくらい?」
実が指で示した数を見て、拓也と尚希は愕然とした。
「お前…っ。オレらよりそんなに下だったのか!?」
「みたいですねー。俺も、今日の今日まで意識したことなかったです。面白いもんですね。」
言葉どおりにこにこと面白そうに笑う実からは、先ほどの冷たい瞳は欠片も見られなくなっていた。
その表情の落差に、拓也と尚希は複雑な気分になって言葉を失ってしまう。
一方、二人のそんな様子に気付いていない実は、笑いながらズボンのポケットに手を突っ込んだ。
そこから出したのは、黒い腕時計だ。
「あ、長話をしてたらこんな時間だ。そろそろ帰りますか。向こうじゃ、もう朝の六時を回ってますよ。」
二人の答えを待たずに、実は手をひらめかせた。
ここに来た時と同じように、光を帯びた風がそこから舞い起こる。
その風が実たちを包もうとした時―――
「!?」
突然、実が驚いたように目を丸くした。




