神にも並ぶほどの力
「サリアム、この者がそうか?」
レティルと呼ばれた彼は、その身分に見合う優雅な仕草でサリアムに訊ねた。
「はい。」
サリアムは低く頭を下げて答える。
「そうか。成長したら、ますますエリオスに似たな。」
レティルは涼やかに笑った。
「レティル様…っ! このような無様な結果となり、申し訳ございません。あなたのご期待に応えられなかったこと、いかようにも処罰を受ける覚悟でございます!」
「まあ待て。」
早口にまくし立てるサリアムを、レティルは優しげな口調で制した。
「私は、お前を責めるつもりはない。お前には、少々荷が重いと思っていたからな。生きているだけで十分だ。あれの相手は、多分私にしかできまいよ。」
レティルはそう言うと、実に顔を向けた。
二人の視線が静かに、しかし剣呑にぶつかる。
「ずっと見ていたが、あのサリアムの獣を一撃で倒すとはさすがだ。私が次の器に選んだだけのことはある。」
「誰が大人しく体をやるって? 生憎、俺はここで育ってないもんでね。あんたへの病的なまでの忠誠心なんか、これっぽっちもないんだけど。」
「神の命に背くのか? その気になれば、お前を祟ることもできるぞ。」
「ふーん。……で? それは脅しのつもり? そのくらいで、俺が素直に従うと思うなよ? その気なら、今すぐ祟ってみろよ。」
実は不敵に笑った。
その笑顔を見たレティルは、満足そうに頬をほころばせる。
「なるほど。ならば、お前の実力をとくと見せてもらおうではないか。」
次の瞬間、彼の体から強力な力が噴き出した。
それと同時に、実は笑顔を消す。
さっきの攻撃は全く見えなかった。
きっと、サリアムのようにはいくまい。
全身の神経を研ぎ澄まして、レティルの攻撃を待つ。
その最中―――
「レティル様!」
下草を乱暴に掻き分けて、数人の兵士たちがレティルの前に立ち塞がった。
彼らはレティルを守るように立ちはだかり、こちらに剣を向ける。
その兵士たちの闘気のせいで、集中して感じ取っていたレティルの力がぼやけた。
実は舌打ちする。
「―――邪魔。」
低く言い捨てた実の目が、すっと細められた。
―――――――――
「………」
拓也はしばらく、目の前で何が起こったのか分からなかった。
梨央とサリアムも、目を見開いて呆けている。
実とレティルの間で、剣を抜いていたはずの兵士たちが倒れていた。
彼らはピクリとも動かない。
一体、何が起こったのか。
無意識に実へと目をやって、拓也は戦慄した。
実は、彼らを一切見ていなかったのだ。
彼らが突然倒れたことを、不思議ともなんとも思っていない風だった。
(まさか……)
自分の体から、すっと血が引いていく。
絶句する拓也の前で、レティルが軽く腕を振るう。
すると、兵士たちの体が光に包まれ、もう一度彼が腕を振ると同時に消えた。
レティルは、どこか嬉しそうに微笑む。
「……ふふ。瞬殺とは、随分と容赦がないな。」
「―――っ!!」
その一言で、自分の予感が的中していたことを知る。
当然ながら、動揺した自分が口を挟める隙などあるはずもなく、実とレティルの戦いに火蓋が切って落とされてしまった。
レティルが無言で放った細かい針のようなものが、猛スピードで実たちに迫る。
実が上空に高く跳躍することで、針は方向を変えてそちらへ。
こちら目がけて飛んできた一部の針を飛び退きながら避けた拓也は、針が実に向かう間に立ちすくむ梨央の元へ向かい、その体を抱いて安全圏へ避難した。
一方の実は、自分に向かって飛んでくる針を薙ぎ払うように腕を横に振る。
すると、実を貫こうとする針の全てが爆発した。
地面に着地すると同時に、実はまた腕を振る。
実を標的に放たれていた彼の攻撃と実の攻撃が正面からぶつかり、その場で大爆発を起こした。
その余波の影響で、周辺に爆風と土煙が巻き起こる。
土煙が収まったところで、実はにやりと口角を吊り上げた。
「互角…か。」
「………っ」
拓也とサリアムは愕然とする。
相手は、人間の体を借りているとはいえ神だ。
いくら実の力が他に類を見ないほど強力だからといって、神に並び立てるわけがない。
それなのに、実はレティルとほぼ互角に張り合っているのだ。
「ほう、面白い。」
楽しそうに笑うレティルの魔力が、さらに強力さと濃厚さを増す。
対する実の魔力も、レティルの力に触発されるようにどんどん強くなっていく。
「―――っ!! 実!!」
拓也は思わず、その後ろ姿に向かって叫んでいた。
実の魔力は、果てを知らないかのように強くなっていく。
その力は、すでに人間の限界を超えているように思えた。
いくら実が〝鍵〟だといっても、人間である以上魔力の限界があるはず。
魔力を限界まで出し切ってしまったら、それは死に直結する。
「挑発に乗るな! しっかりしろ! 実!!」
「!?」
必死な拓也の呼びかけに、実がハッと目を見開いた。
敏捷だった動きが、ピタリと停止する。
その隙を、レティルは見逃さなかった。
「うぐっ…」
レティルの手から放たれた鋭い一閃が、サリアムがつけた実の腕の傷をさらに抉った。
二の腕から噴き出す激痛に、実は呻き声をあげてうずくまる。
「馬鹿者が。正気を取り戻させてどうする。」
侮蔑を含んだレティルの言葉は、拓也に向けられたもの。
それを聞きながら、実は唇を噛み締める。
何か細工をしてあったのか、攻撃を受けた左腕から全身に強い痺れが広がって、本来使えるはずの治癒魔法が使えない。
血がだらだらと流れていき、制服の袖口までを赤く染める。
それでも血は流れ続け、手が血だらけになっていき、そこを中心に血だまりができあがっていく。
急速に全身から熱が抜けて、体の芯が冷えていく。
そして、それと同時に意識がまた切り替わろうとしていた。
(俺……今、何を……)
ぼんやりとしてくる頭とまとまらない思考では、いまいち状況を判断できない。
しかしさっき、自分はとんでもないことをしなかっただろうか?
顔を青ざめさせる実に、レティルは興醒めしたといわんばかりに肩を落とした。
掲げられた彼の手に生まれたのは、不気味な黒い球体。
それは彼の手から弾け、まるでアメーバのように形を変えながら実に襲いかかった。
全身が痺れて動けない実には、それを避けることができない。
彼の放ったそれは、いとも簡単に実を飲み込んだ。




