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世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第1部】日常の崩壊と覚醒
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神の器


「俺は、母さんのお腹の中にいる頃から、相当強い魔力を持ってたらしい。」



 実は、静かに語り始める。



「父さんが魔力の強さだけじゃなくて、予知能力者としての素質を見込まれて知恵の(その)に召集されたのは知ってる?」



「もちろん。」



「じゃあ話が早い。父さんは、俺が生まれる前から、俺がこの魔力のせいで神の器として(まつ)り上げられる未来を見ていたんだ。だから母さんが妊娠したことも、俺が生まれたことも、徹底的に隠すことにした。俺を隠して育てるにはうってつけの場所だよね、ここ。一般人は近寄れないし、父さんと母さんは四大芯柱ってだけあって、聖域の空気に耐性があったみたいだから。」



「神の……器?」



 梨央が首を傾げながら呟く。



 彼女としては、何気ない疑問だったのだろう。

 しかしそれを聞いた瞬間、拓也の表情が音を立てて凍った。



「え…? 訊いちゃ……だめだった?」



 拓也の表情の変化に戸惑う梨央。

 そんな梨央の頭にぽんと手を置き、実は梨央の不安を(やわ)らげるように微笑んだ。



「そうだよね。梨央は分かんないよね。この国にはね、遥か昔から神様ってやつがいる。便宜上の王族はいるんだけど、実質的なこの国のトップはその神なんだ。そして、この世界の神は実体を持たないんだよ。」



「実体…?」



「そう。要するに、幽霊みたいなものとでも言えばいいのかな。生物としての体を持ってないんだ。だから普通、神は素質のある人間にしか見えないし(さわ)れない。じゃあどうして、その神は国に君臨し続けていられるのか。……それは、神が人間の体に宿っているから。」



「人間の体に……」



 梨央の眉が寄る。



 意味が分からない。

 そう顔に書いてあった。



「この国と神の歴史は古い。その起源とされる話に、こんなものがある。」



 そう前置いて、実はある物語を語り始めた。





 世は戦乱の時代。

 この国で、ある男が戦死した。



 彼はこの国の王子で、国民を守るために自分の身を削って奮闘した男だった。

 仲間と国民は彼の死を(いた)み、彼を丁重に(ほうむ)ろうとした。



 しかし、埋葬される寸前―――男は急に目を覚ました。



 人間を超越する威圧感と神々しさを身にまとい、その目はきらめく黄金のごとし。

 人々は訳も分からず、目覚めたばかりの男の前に無意識にひれ伏した。



 男は言う。



(われ)はこの世界を治める神なり。我が望むは戦乱の終わり。全てを思いのままにできる我が力を持って、戦乱を収めよう。」



 そしてその後、神は民に大いなる力を(ふる)い、戦乱の世は瞬く間に終わりを告げた。



 神が宿った王子が守っていた国は世界を牛耳る大国となり、民の誰もがその神を崇めた。



 だが―――戦乱が終わるや否や、異変は訪れた。



 神が宿る王子の体が、徐々に腐り始めたのだ。

 神(いわ)く。



「この男の体はすでに死んでいる。故に肉体の限界を超えたこの体は、朽ち果てるしかないのだ。」



 人々は焦った。



 このまま王子の体が朽ち果ててしまえば、神は自分たちの元を去ってしまう。

 そうなれば国の信用や世界への脅威が消え、また他国に攻め入られるかもしれない。



 なんとか神をこの国に(とど)まらせる方法はないかと、皆が頭を悩ませた。

 そんな中、一人の若者が神にこう言った。



「どうか、私の体を使ってくれないか。」



 懇願した若者に、神は静かに身を預けた。

 すると、王子の体は一気に朽ちて(ちり)となり消えてしまった。



 人々は初め、とうとう神が消えたのだと思った。

 しかし、後に残された若者が目を開いた時、その嘆きは歓喜に変わった。



 若者の目は黄金に輝き、その身から圧倒的な神々しさを放っていたからだ。



 神は古い体を脱ぎ捨て、新しい体に宿って戻ってきたのだ―――





 語り終えた実は苦笑する。



「……こんなことが、今も脈々と受け継がれているのさ。」

「受け継がれているって……」



 梨央は、いまいち要領を得ないという風に小首を傾げる。



「ようは、この国の神は()(しろ)にしている体がだめになったら新しい体に乗り移って、今までずっと人間の世界に居座ってるってこと。それで、神が次に乗り移る体のことを〝神の器〟って呼んでるんだ。」



「それが……実なの?」

「まあ、今まで聞いた話を総合するなら、そうなんだろうね。」



「神の器になると、その人はどうなっちゃうの?」

「結論を言うと、死ぬ。」



「そ、そんな!!」



 死ぬという直接的な言葉が放たれたことで、梨央の顔色が明らかに変わった。



 だが、当事者である実の態度はあっさりとしたもので、少しもその事実の深刻さを感じさせない。



「仕方ないんだよ。一つの体に二つの魂があり続けることは不可能だもん。しかも、(ひょう)()してくるのはその辺の幽霊とは格が違うからね。多分、神が体の中に入ってきたら、その人間の魂は消えるか、体を追い出されるか、取り込まれるかなんじゃないかな? どの結果に行き着いても、体の持ち主が死ぬことには変わりないね。」



 実は淡々と語り続ける。



「本来の所有者が死んでしまうからか、神を受け入れた肉体はあまり持たない。だから国の連中は、少しでも体が長く持つように、魔力が強い人間を神に捧げるようになったんだ。そして、よりよい器を捧げるためには子供の内から教育するのが一番。そういう魔力の強い子供を集めて、神の器にふさわしくなるように育てるために作られたのが―――拓也が育った知恵の(その)っていう施設なんだよ。」



 語る実の声を聞きながら、拓也は苦虫でも噛み潰したような顔をする。



 そう。

 自分たちが育った施設の正体なんて、所詮はこんなものだ。



 神を第一に妄信している彼らは、容赦という言葉を知らない。

 嫌がる親子を引き裂くことすら、平気でやってのける。



(だから、おれは―――……)



 人知れず(こぶし)を握る拓也の隣で、実があっけらかんと笑った。



「ともかく、そういう国の努力の結果か、少しは体も持つようになったんだけど、やっぱり完全とはいかない。今でも定期的に、体の乗り換えが必要なわけ。どうやら、とうとう俺の番が回ってきたみたいだね。」



「そんな…っ。そんなにあっさりと言わないでよ! 実……このままじゃ、殺されちゃうってことなんでしょ!?」



 ようやく状況を飲み込めたらしい梨央が、実に向かって喚いた。



 確かに、状況は限りなく悪い。

 しかし。



「―――だって、大差ないんだもん。」



 そこで、実の声が一気に低くなった。

 その声に含まれるのは、聞く者の心を不安で掻き乱すような虚無。



 不審げに実を見つめる拓也と梨央に、実はにっこりと笑いかけた。



 そこに漂う雰囲気と浮かべる表情のアンバランスさに、拓也は思わずぞっとしてしまう。





「神の器に選ばれようと選ばれなかろうと、関係ないんだよ。この世界にいる限り―――俺は、殺される運命なんだからさ。」





 満面の笑みで、実はとてつもなく恐ろしいことを言った。



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