表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第1部】日常の崩壊と覚醒
51/1258

覚醒

 室内は、息も詰まるような沈黙に満たされていた。

 その場にいる全員の目が、ただ一点に集中している。



「………」



 全員の視線の先にいる実は、深くうつむいて動かない。



 実が呪文を叫んだ後、彼の身を包む陽炎(かげろう)は消えた。

 サリアムたちを派手に叩きつけた風も、その勢力を()くしている。



 だが、それと引き換えに、この部屋の中には強力な魔力が張り詰めていた。



 拓也以外に、実に何が起こったのかを知る者はいない。

 故に、誰もが緊張と警戒に神経を尖らせて実を凝視していた。



 そんな中―――実の指がピクリと動く。



 静かに顔を上げて目を開いた実は確かに実ではあったが、先ほどまでの実とは明らかに何かが違っていた。



「―――……」



 意識までもを刈り取るような(すご)みを宿した実の姿に、誰もが息を飲んで言葉を失う。



 部屋の中央に(たたず)む実は(はかな)げで、どこか幻想的な雰囲気を(かも)していた。



「……とっ、捕らえろ!!」



 他よりもいち早く我に返ったサリアムが、焦りを(にじ)ませて叫ぶ。

 しかし―――



「動くな!」



 (りん)としてよく通る声が、部屋の空気を震わせた。



 次の瞬間、皆の表情が変わる。

 もちろんそれは、拓也も例外ではなかった。



 ―――体が動かないのだ。



 実が一言命じた瞬間、体が石のように動かなくなってしまった。



 他の人々も苦しげに顔を歪めていて、この部屋にいる全員の動きが封じられたのだと分かる。



 実は短く叫んだあの一瞬で、この場にいる全員の自由を奪ってみせたのだ。



 次いで、実は無言で腕を振り払った。

 それと同時に、拓也の耳元で風が鳴る。



 すると、拓也を縛っていた縄がばらばらと切れて落ちた。



「………」



 立ち尽くす拓也に、実が歩み寄る。



 その歩みは一歩一歩がしっかりしていて、ゆったりとした足取りは実の余裕を雄弁に物語っていた。



 拓也の前に立った実は、一言も発せずに呆けている拓也の顔を不思議そうに覗き込んだ。



「どうしたの? 拓也と梨央は、もう動けるでしょ?」

「え……あ……」



 実に言われたことでようやくそれに気付いて、拓也は自分の体を見下ろした。



 確かに、動けるようになっている。



 しかも、さっきまでほとんど感覚がなかった片腕も、いつの間にか正常な状態を取り戻していた。



「変なの。拓也なら、すぐに気付くはずなのに。」



 小さな声と共に微笑んだ実は、今度は梨央に近寄った。

 兵士に囲まれている梨央の腕を引っ張ると、よろけた梨央の体を優しく受け止める。



「大丈夫?」

「う、うん……」

「そっか。ならよかった。」



 実は梨央に対しても笑みを向け、くるりと拓也に向き直った。



「さて、さっさと退散しようか。いつまでもここにいたくないし。」

「えっと……」



 拓也は、すぐに答えられない。



 なんとなく事態を察しているとはいえ、実の(ひょう)(へん)ぶりに戸惑う自分がいる。

 とはいえ、ここに長居するのがあまりよくないことも分かる。



 実に同意しようと拓也が口を開きかけた時、再び空気の鳴る音がした。



「………っ」



 実がわずかに顔を歪める。

 それと同時に、彼の二の腕から小さく()飛沫(しぶき)が散った。

 その一拍後、みるみるうちに制服が赤く染まっていく。



「―――っ!!」



 梨央が声にならない悲鳴をあげる。

 それに対して少しも動揺しない実と拓也は、無言で犯人を見やった。



 動きを封じられた人間の中でただ一人、サリアムだけが肩で大きく息をしていた。

 実に攻撃を放ったらしい右腕だけが、小刻みに震えている。



 サリアムを静かに見ていた実の目が、すっと厳しく細められた。



「くっ…」



 サリアムが()(もん)の声をあげて地に倒れる。



「逆らわない方がいい。そう言ったのは、あんたでしょ?」



 明らかな嘲笑をたたえ、実はサリアムを見下ろした。



「………っ。なん、で…っ」

「なんでぇー?」



 言葉の語尾を大袈裟に上げる実。

 今さらそんなことを訊くのか、とでも言いたそうな口調だ。



「父さんがなんの細工もしてないって、本気で思ってたわけ?」



 心底不思議そうな実の言葉。

 それだけで全てを悟ったらしく、一度目を見開いたサリアムは疲れたように息を吐いた。



「あのエリオスのことだものな……」

「そういうこと。ついでにさ、一つ訊いていい?」



「なんだ。」

「父さんはどこ? 探る限り、この城にはいないんだけど。」



「ああ、そのことか……」



 この場は観念するしかないと悟ったか。

 サリアムは静かに目を閉じる。



「エリオスなら、一年前から行方不明だ。君の存在が国の知るところになって、その場で姿を消した。捜索中だが、見つかるどころか手がかりすらないのが現状だ。」



 サリアムの返答に、実は驚かなかった。



「そう…。父さんが自分の意志で姿を消したなら、あんたたちに父さんを見つけることは不可能だろうね。分かった。それだけ聞ければ十分だよ。」



「待って!!」



 (きびす)を返した実を、別の声が引き留めたのはその時。



 実の動きが止まる。

 その表情に、サリアムと話していた時にはなかった動揺が走った。



 実の背中に向けて、セリシアは涙声で叫ぶ。



「どうして? また……また、行ってしまうの? どうしてあの時、私から全てを奪って、勝手に行ってしまったの!? 私は……ずっと一緒にいたかったのに…っ。どうして拒絶するの? あの時も、今も! 私がどんなに呼んでも、あなたは応えてくれなかった。もう……もう、戻れないの!?」



 セリシアの渾身の叫びに、実がもう一度後ろを振り返る。

 その(せつ)()に、拓也は見ていた。



 徹底した無表情をたたえるその前に、実が深い悲しみの表情を浮かべていたのを。



 その理由は言わずもがな。

 実の心境を察して、拓也は切なげに目を閉じた。



 実の視線は、セリシアだけに注がれている。





「あなたは……俺のことを思い出さなかった方が幸せだったよね。俺はあの時、この世界を捨てることを選んだ。でも、あなたはここに残ることを選んだ。その時に、俺たちの道は分かたれてしまったんだよ。―――――()()()。」





 絞り出すように。

 実は、セリシアを昔のように呼んだ。



 そう。

 この人は他でもない、自分の生みの母親。



 遠い昔に別れを決意し、その記憶から自分のことを消して離れたはずの人。



 こうして再会することはもうないだろうと、己の記憶からもその存在をそっと隠した人だ。



「知っていたのか……」



 サリアムが意外そうに呟く。



「まあね。覚えてるし。というより、今さっき思い出したばかりだけど。」



 実が微かに笑って腕を振るう。

 その軌跡に沿って光の筋ができあがり、それが実たちの周囲を包み出した。



「嫌…」



 セリシアの頬を、次々と涙が伝っていく。



「嫌よ!! もう行かないで! お願いだから、傍にいて!!」



 その悲痛な訴えに、実の眉が微かに寄った。

 だが実はセリシアを顧みず、彼女を振り切るように目をきつく閉じる。



 その意志に応えるように部屋の中を吹き抜けた強い風にと共に、そこから実たちの姿が消える。



「嫌あああぁぁーっ!!」



 実たちが消えた室内に、セリシアの慟哭(どうこく)が響いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ