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世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第1部】日常の崩壊と覚醒
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〝返して〟

<第6章 帰郷>



 最初に感じたのは、頭を貫く激しい耳鳴りと頭痛だった。

 頭が大きく揺れて、乗り物に酔ったかのような吐き気がする。



 そんな不快な心地の中、周りの空気が変質していくのを確かに感じた。





 そうして耳鳴りと吐き気がようやく治まった頃―――実たちは、さっきとは全く違う場所にいた。





 何かの儀式に使う部屋なのだろう。

 石造りの壁や床には、魔法陣や呪文のような文字が描かれている。

 棚には、様々な薬品や草花が並んでいた。



「彼らを連れていけ。」



 サリアムは、部屋の(すみ)で控えていた兵の男たちに短く命じた。



 サリアムの命令に応えて、兵の一人が梨央を立たせる。



 移動の衝撃で完全に放心状態に陥っている梨央は、意思のない人形のようにされるがままになっていた。



 その様子を眺めながら、サリアムが拓也に向かって笑う。



「彼女に危害を加えてほしくなかったら、大人しくすることだ。今どちらが不利なのか、優秀な君なら分かるはずだよ。」



「………っ」



 拓也は唇を噛み締める。



 勝手についてきたらしいとはいえ、梨央は本来巻き込まれるべきではない人間だ。

 彼女を見捨てることは簡単だが、きっと実はそれを望まないだろう。



 梨央を守りつつ実も救出できるならいいが、大きなダメージを受けている今の状態では無謀に等しい足掻きだ。



 近付いてきた兵士が、拓也の腕を背中に回す。

 拓也はそれに逆らわず、素直に従った。



「女の子は丁重に。彼は、緊縛を施してある部屋に連れていけ。後で私が処置を施す。」



 余裕を含ませたサリアムの言葉に苛立たしさが煽られて、奥歯を強く噛み締める拓也。



 緊縛を施された部屋では、無条件に魔力を封じられてしまう。

 その後の処置とは、言うまでもない。



 記憶を改ざんされて洗脳されるか、殺されるかだ。



「サリアム!!」



 悔しげな拓也の横を、一人の女性が通り過ぎた。

 彼女はサリアムの元に駆け寄り、実の顔を覗き込む。



「サリアム、この子がそうなの?」

「ええ、そうですよ。セリシア様。」



 セリシアに優しい口調で答え、サリアムは静かに膝を落とした。



 ゆっくりと下りてきた実の体を、セリシアは待ち焦がれていたと言わんばかりに掻き(いだ)く。



「ああ、こんなに大きくなって…。エリオスにそっくりだわ。」



 彼女は実を抱き締め、髪を()き、頬を愛しげになでる。



 そんな彼女の仕草に、実は細く目を開いた。



 自分を見つめてくる女性は、青灰色(せいかいしょく)の目に涙を浮かべている。



 自分の頬に落ちてくる柔らかくうねった細い銀髪はとても綺麗で、ちょっと気弱そうな女性の雰囲気にとても似合っていた。



(あれ…? この人、知ってる…?)



 そんな気がしたけど、思い当たる記憶がない。

 誰かと訊きたかったのに、声も出ない。



「無理に力を使ったから、疲れちゃったのね……」



 セリシアは愛しげに微笑んで、実の頭をなでた。

 実はふと息をつく。



 不思議な気分だ。

 懐かしいような、くすぐったいような、そんな気分。



 知っている。

 この感覚を知っているはずだ。

 それなのに、どうしても思い出せない。



「サリアム。もう少し……もう少しだけ、この子と一緒にいさせて。お願い。」



 セリシアがサリアムの(すそ)を掴んで、涙目で訴える。



 そんな彼女の様子にサリアムは難しげに眉を寄せ、しばらくすると諦めたように息をついた。



「分かりました。半日くらいなら、儀式を待ちましょう。ですが、これだけはお許しくださいね。」



 サリアムがセリシアから実を離し、実の胸に手をかざした。



「―――っ!!」



 実は身を強張らせた。



 胸から熱が流れ込んできて、体と頭を掻き回されているかのような苦痛が全身を支配する。



「大丈夫。事が終わるまで、眠ってもらうだけだよ。」

「実! 流されちゃだめだ!!」



 微笑むサリアムの穏やかな声と、必死な拓也の声が脳内に響く。



 意識が無理やり沈められそうになる。

 周りの音が一気に(とお)退()き出して、思考がまとまらなくなる。



 意識が深い眠りの中へ落ちそうになる中、拓也の声だけを頼りにして、なんとか現実にしがみついた。



 しかし、眠気に逆らえば逆らうほど、全身を(さいな)む苦痛が増していく。

 どこがどう苦しいのか、それも分からないくらいに不快だった。



「逆らわない方がいい。力を抜けば、すぐに楽になる。」

「実!!」



 サリアムの言葉と魔法に、実は全身全霊で逆らった。



 ここで眠ってしまったら、きっと自分は一生目覚めない。

 そんな確信があった。



 自分の身を守るためにも、絶対に負けるわけにはいかない。

 もはや意地だけで、全身を貫く苦痛に耐え続けた。



 だけど―――



「……う…っ」



 腕が力を失って地面に落ちる。

 意識は懸命に逆らっても、どんどん体から力が抜けていってしまう。



 必死に意識を繋ぎ止めようとしても、サリアムの前に自分はやはり無力だった。

 どんなに足掻いても、徐々に(とお)退()いていく意識を引き戻せない。



(……嫌だ。)



 脱力感と苦痛に(さいな)まれながら、今ある力を意地で出して唇を噛む。



 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ。

 このままこいつらの思い通りになるなんて、絶対に嫌だ。



 がむしゃらに自分の気持ちを奮い立たせると―――ざわりと、胸の奥がざわついた。



「そう。力を抜いて。」

「実、踏ん張ってくれ! じゃないと……お前は死んじまう!!」



 拓也が必死に叫び続ける。

 兵士たちに抵抗しているのか、拓也と彼らが揉み合う声も聞こえてくる。



(拓也……ごめん……俺のせいで……)



 悔しさが身に()みる。



 (にぶ)くなる五感。

 それとは対照的に、胸のざわめきはだんだん大きくなっていく。



(―――力が、あれば……)



 ぼんやりと、そんなことを思った。



 封じられているという力。

 それがあれば、もしかしたらこの状況を打破できるかもしれない。

 拓也たちのことも、これ以上危険な目に遭わせないで済むかもしれないのに。



 自分のためにここまでしてくれた拓也や、望まずに巻き込んでしまった梨央を、助けられるかもしれないのに……



 胸のざわめきが、より一層大きくなる。

 まるでその先の言葉が欲しいというように、力を求める心を()かしてくるのだ。





(このまま終わるなんて……―――嫌だ!!)





 曖昧(あいまい)な思考の中に浮かんだ意地。

 それをバネに、実は最後の力を振り絞って音にならない声で叫んだ。



 お願い。

 後悔しないし、後戻りもしない。

 今この場で覚悟を決めるから。





 だから、俺に力を……あの力を―――()()()()()!!





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