組み上がる仮説
壁の先に作られた部屋は、こちらの建物をモデルにしたのか、美術室に似た内装をしていた。
部屋の様子を観察する拓也の隣を、サリアムが通過する。
サリアムは部屋の奥まで行くと、くるりと拓也を振り返った。
その目は、いつの間にか黒から赤に変わっている。
拓也も部屋の中央まで移動して、手近なテーブルの上に鞄を置いた。
「―――で? 話って?」
さっきまでの笑顔を一転させ、拓也はサリアムを睨む。
ここまで来れば、もはや建前も遠慮はいらないだろう。
ここには、自分とサリアム以外の誰もが入ってくることはおろか、部屋の存在に気付くことすらできないのだから。
「もちろん、まずは実君のことだ。」
「邪魔するなって話なら、却下だけど?」
にべもなく言うと、サリアムは特に期待もしていない様子で首を振った。
「そんな分かりきっていることを話すのは、それこそ時間の無駄だ。私が聞きたいのは、実君個人のことだ。」
「実個人のこと?」
思わず聞き返すと、サリアムは大真面目な表情で頷いた。
「そうだ。あの子は、本当に何も知らないのか?」
拓也は眉をひそめる。
何故、彼が急にそんなことを訊くのか分からなかった。
「自分が事の中心だというのに、あの子は私たちのことを全く理解していない。驚くほど素直で純粋だ。あのエリオスの子供だぞ? 何かを伝え聞いていてもいいはずだろう。」
「ああ……」
拓也は納得する。
実が、本当に何も知らないのか。
その疑問は実と会った当初に自分も感じていた疑問で、実に直接訊ねたこともあった疑問だ。
「エリオス様には、実を向こうに関わらせる気は一切なかったんじゃねぇか? だから実に何も教えなかったし、力も封じてしまった。お前だって、実に会うまではエリオス様の子供がどこにいるのか、全然分からなかっただろ? おれもそうだった。多分、そうやって一生隠し続ける自信があったんじゃないか? 実自身も、何も知らないって言って―――」
溜め息混じりの言葉の途中で、拓也ははたと思い出した。
そうだ。
実が帰り道でセリシアに襲われたあの日、実はなんと言っていた?
そして、実の中で会った実の姿をしたモノは、なんと言っていた?
頭の中で、バラバラだった出来事がパズルのように急速に組み上がっていく。
その末に構築された仮説に、拓也はハッとした。
現実がどうであれ、実の父親はあのエリオスなのだ。
もしもの時の対策は、きちんと講じてあるはずだ。
だが、それには―――
(他でもない、実の意志が必要……)
「どうしたのかな?」
急に黙した拓也に、サリアムが問いかける。
「いや、なんでもない。」
拓也はとっさに、自分が行き着いた仮説を伏せた。
あくまで仮説にすぎないとしても、この仮説はサリアムたちにとって都合が悪いだろう。
そう思った。
「そう。」
サリアムは、別段気にした様子を見せなかった。
「確かに君の言うとおり、エリオスに実君を向こうに関わらせる気は全くないだろうな。実君のことが発覚したのが、もう一年前の話。実君捜索に関して、エリオスは一切協力しなかったからね。……まあ、実君は何も知らない方が幸せだろうね。色んな意味で。」
「だろうな。」
「分かった。では、次の話だ。」
その言葉を境に、サリアムの雰囲気がガラリと変わった。
唐突に彼を包んだのは、ぞっとするような敵意。
それを感じて、背筋が自然に伸びた。
「昨日、君は確かに襲われたはずだ。それは間違いないね?」
「は…?」
それを確認したところで、なんの意味があるというのか。
拓也はサリアムの意図を汲み取ることができず、思わず顔をしかめた。
「どうなんだ?」
「どうって……確かに襲われたけど……」
やたら緊迫した雰囲気に押され、拓也は正直に答える。
「なるほど。―――じゃあ、君がやったのか。」
ぐっと低くなるサリアムの声音。
「は? ……なんのことだ?」
拓也は不可解そうに眉を寄せる。
サリアムの声に、寒気がするほど苛烈な何かが含まれている。
そして、嗅覚を突き刺すこの悪臭。
言うまでもない。
これは殺気だ。
「君を襲ったのは私の部下だ。私が命令した。君がキースの元に駆け込んでくるもんだから、おかしいと思って部下の様子を見に行ったんだ。」
地を這うような低い声が、拓也の緊張と警戒を高める。
何事かと身構える拓也に、サリアムは衝撃的な事実を述べた。
「部下は死んでいたよ。眠るようにね。」




