力がある…?
「……はい?」
実は、ポカンと大口を開ける。
「救う? ……俺が?」
「そうだよ。あのね―――」
「え……ちょ、ちょっと待ってよ…っ」
さらに続けようとしたサリアムを、実は両手で制した。
話が急に突拍子もない方向に飛んでしまい、かなり頭の中が混乱していた。
どうしようもなく苛立って、衝動のままに前髪をくしゃりと乱暴に掻き上げる。
(どうなってんの、これ…?)
様々な情報が交錯する中ですがれるものを探すけど、それらしきものは見つからない。
考えれば考えるほど確信のない情報ばかりが絡み合って、思考の行き場がなくなる。
「実君。」
「ちょっと待てって…。何がなんだか分からないよ。大体、おかしいじゃん。なんで俺なの? 他に頼りになる奴なんて、いっぱいいるでしょ…?」
「いや。君以外にはありえない。」
サリアムの断定が胸を抉る。
何がどうなったら、そうなるというのか。
自分の確信が揺らいで、何が正しいのか分からなくて、混乱のあまり吐き気さえしてくる。
「実君。」
「…………」
「もう、時間がないんだ。」
「…………」
「勝手だとは分かっている。でも、協力してほしい。」
「…………」
「実君。」
「―――うるさい。」
プツリ、と。
精神が限界を突き抜けた。
実は伏せていた顔を上げて、サリアムをきつく睨む。
その目に揺れるのは、激しい怒りだ。
「………っ」
実は奥歯を噛み締める。
混乱や動揺がぶつけどころのない怒りへと置き換わっていって、どうしようもなかった。
このやりきれない気持ちをどこかにぶつけないと、自分が狂ってしまう。
「うるさいな!! すぐに決められるようなら、苦労しないんだよ! 俺が最初に会ったのがあんたなら、俺はきっと素直にあんたに従っただろうよ。父さんの名前を出されれば、俺には拒みようがないもん。だけど、現実は違うんだ!!」
衝動に急かされるまま、実は胸中で吹き荒れる激情をぶつける。
「分かるだろ!? 俺は今、正反対の情報に挟まれてんだよ!! 気持ち的には拓也たちを信じたいけど、それが今の情報だとは限らない。かといって、あんたの情報は胡散臭いんだ! どっちの情報も、信じるに足りないんだよ!! いい加減にしてくれ! 好き勝手に俺の日常をぶっ壊しておいて、これ以上俺に何をしろと? ふざけるな! もう……そっとしておいてよ…っ。俺には……俺には、分からない。どっちが正しいのか、分からないんだ!!」
お願いだから、これ以上心を掻き乱さないでくれ。
どうにかなってしまいそうだ。
今はもう、誰とも話したくない。
サリアムとも、拓也たちとも。
本音を一気に吐き出して、実は思わずドアにもたれかかる。
それを見つめるサリアムの瞳は、どこまでも穏やかで静かだった。
―――に…
サリアムが、ほんの一瞬口角を上げる。
しかし、深くうつむく実はそれに気付かない。
「―――なら、自分で確かめるかい?」
思いも寄らないサリアムの言葉。
その意味が分からず、実は軽く十数秒は固まった。
次にのろのろと顔を上げて、再びサリアムを見やる。
「……何、それ。」
サリアムに疑わしげな視線を送るも、彼の表情は至って真面目だった。
「君が望めば、私は今すぐにでも君を向こう側に連れていくことができる。どちらも信じられないなら、自分で確かめればいいじゃないか。その結果、君が私たちを敵と見なしたなら、その時は素直に逃げればいい。」
随分と調子のいいことを言うものだ。
実は表情を険しくする。
「逃げればいいって…。仮にあんたらが敵だったとしたら、俺はもう逃げられないじゃんか。俺には、あんたらに対抗できる力なんてないもん。そうやって優しく提案して、俺を懐柔しようって魂胆なわけ?」
「君は、何を言ってるんだい?」
そこで、サリアムが不可解そうな顔をした。
「君にはちゃんと、それだけの力があるよ。封じられているだけだ。私が初めて君と会った時、君からは結構な魔力が漏れていたんだけど、君は気付いていなかったのかい?」
「は?」
そんなこと、知るわけがない。
こちらの戸惑いなど一切無視で、サリアムはさらに続ける。
「あの時、私はとても驚いたんだよ。君の魔力は一級品だ。誰にも負けない、すばらしい力だった。断言できる。」
「………っ」
誰にも負けない力。
その言葉に、どくんと心臓が跳ねた。
―――自分に、もっと力があれば。
ここ最近、ずっとそう思っていた。
今の状況に翻弄されるのも、それに苛立ってしまうのも、自分に力がないから。
異世界という名の大きな壁。
それを前に、自分はただ無力だった。
どうすればいいのかと悩むのも、拓也たちとサリアムのどちらが正しいのか分からないのも、自分の選択に責任を取れないから。
何が起こっても対処できるなら、きっとここまで悩まない。
(俺に……力がある?)
胸がざわめく。
頭の奥から、何かが〝封印を解け〟と訴えてくる。
サリアムは今、自分の力が封じられていると言った。
では、頭の奥が訴えてくる封印とは、自分の中に秘められた力の封印のことなのだろうか。
(でも……)
実は目を伏せる。
仮に自分の中に強力な力が封じられているとしても、肝心の封印の解き方が自分には分からない。
「使えない力は、ないも同然だよ。」
一瞬揺らぎかけたけど、最終的にはサリアムの言葉をきっぱりと否定。
自分に力があるという話なら、以前に拓也もしていた。
しかし、自分が自由に扱えないものを力と呼べるのかは疑問だ。
「なんだ、そんなことを気にしているのか。」
余裕すら感じさせるサリアムの返し。
(こっちは、こんなに悩んでるっていうのに…っ)
カッと頭に血が上った。
「そんなことって…。俺には大問題なんだぞ!?」
思わず怒鳴ったが、サリアムは余裕そうな表情を崩さないまま口を開いた。
「まあ、向こうのことを知らない君には、大問題かもしれないね。だけど、私にとってはそんなに大した問題でもないんだ。魔法を使うことの基本は、自分が望む現象を思い描く想像力と、それを信じる意志の強さだ。魔力が強いなら、その基本さえ押さえればあっという間に魔法を使いこなせるようになる。君の魔力の封印だって、単純にエリオスに解かせればいいだけの話だろう。」
「え…?」
実は目を丸くする。
「だって、父さんは単身赴任で海外に……」
「はあ?」
間の抜けた実の言葉に、サリアムの方が呆気に取られたようにポカンと口を開けた。
彼は数度まばたきを繰り返し、次に大仰な溜め息をつく。
「君って子は……頭がいいんだか悪いんだか…。あのね、単身赴任なんて、地球に自分がいないことをカバーするための都合のいい言い訳に決まっているじゃないか。エリオスなら、向こうで無駄に忙しく仕事をしているよ。君は知らないかもしれないけど、エリオスは国の重要人物なんだ。君を逃がしたとしても、自分はそうそう城を離れられない。だから地球では、自分は単身赴任で滅多に帰ってこられないということにしたんだと思うよ。」
「は?」
表情が固まる実。
そこから数秒後―――
「はああぁぁっ!?」
実の絶叫が、部屋中に轟いた。
「ええっ!? マジで!? 父さん、そっちにいるの!?」
「当たり前だ。エリオスが向こうの人間だと知った時点で、その可能性には思い至らなかったのかい?」
サリアムは額に手をやり、また息を吐く。
馬鹿ではないが、とんでもない間抜けだと。
全身でそう告げられているようだった。
「まあ、そんなことはどうでもいいか。実君、どうする?」
サリアムは一瞬で表情を引き締め、実に問うた。
「向こうに行けば、お父さんに会うこともできる。家族の口からの言葉なら、君も疑わずに信用できるだろう? だから……」
ゆっくりと、実に手を差し出すサリアム。
「―――この手を、取るつもりはないかい?」
甘い囁きが、実の聴覚に忍び込んだ。




