崩れる確信
「まず訊きたいんだけど、君は向こうの世界のことについて、何をどれだけ知っているのかな?」
「え…?」
唐突に訊ねられ、実は少したじろいだ。
記憶の中から答えを探して、自分がそれを持っていないことに気付く。
そういえば、狙われているとか危険だとか言われる割に、自分は向こうの世界について何一つ知らない。
地球の非日常が日常である世界だということは、経験上知っている。
しかし、向こうの世界が一体どんな所で、どんなルールの上に成り立っているのか、そういう具体的なことについては全く知らないのだ。
「その様子だと、何も知らないようだね。」
「う…」
苦笑ぎみに言われ、実は気まずげに目を逸らした。
「実君。君は何故、私たちを避けるんだい?」
「何故って……」
「だって、君は何も知らないじゃないか。何も、頭ごなしに拒絶することもないんじゃないかな?」
「そんなこと言われたって…。毎晩あんな夢を見せられてたら、気味が悪いし……」
「それは、君の居場所が分からなかったからだ。居場所が分かっていたなら、ちゃんと丁寧に迎えに行ったよ。」
「あ、あんただって……初めて会った時、俺に変なことをしようとしたじゃん。」
「それは謝ろう。私にも時間がなくてね。君に会えたことが嬉しいあまり、ガラにもなく焦ってしまったんだ。」
じわじわと逃げ道がなくなっていく感覚。
実は、サリアムの視線から逃れるように顔を背ける。
「いや、だけど……拓也たちが……それに、父さんも……」
拓也や尚希の様子を見る限りでは、生まれ故郷であるあの世界に彼らがいい印象を持っているとは思えなかった。
狙われているという自分にかなり同情的だったし、向こうには関わらない方が幸せだとまで言っていたのだ。
それに、夢の中で会った父が向こうからの声に応えてはいけないと言っていたと、拓也からそう聞いている。
「お父さんとはいつ、どこで会ったんだい?」
「つい最近。会ったって言っても、夢の中だけど……」
それを聞いたサリアムが少し驚いたように目を見開き、次に大きな溜め息をついた。
「なるほど、そういうことか…。実君、一ついいかな。」
サリアムはまっすぐにこちらを見つめ、こう告げた。
「村田君たちが言うことを、あまりそのまま鵜呑みにしないでほしい。」
「……はっ?」
実は目を丸くする。
予想外の言葉。
頭の中に彼の言葉が何度も反響し、その意味の不快さに全身がカッと熱くなった。
「それって……拓也たちが、嘘をついてるって言いたいのか!? ふざけるな! 拓也たちと会ってからそんなに時間は経ってないけど、それでも分かる。拓也たちは、そんなことをする奴らじゃない!!」
「待って。落ち着いて。」
なおも言い募ろうとする実の口を、いつの間にか近付いてきていたサリアムが優しく塞いだ。
きらめく赤い瞳に至近距離から見つめられ、実は息を飲む。
いくら焦っていたとはいえ、今朝のサリアムの行為は、自分の中に巨大な恐怖を植え付けていた。
この瞳に見つめられると、胸騒ぎがして体がすくみそうになるのだ。
「私は何も、村田君たちの言うことが間違っているとは言っていない。彼らの言うことは、確かに事実だ。」
「え…? だって、今―――」
「だから、よく聞いて。君は、村田君たちがいつから地球にいると思う?」
「いつからって……―――あ……」
実は大きく目を瞠る。
ふとした拍子に、サリアムの言わんとしていることが分かったのだ。
「そういうこと……」
「そう。頭がよくて助かるよ。」
サリアムは満足げに頷いて、実の口から手を放した。
そのサリアムの笑顔を半ば茫然と見つめながら、実は自分の認識が一気にぐらつくのを感じていた。
サリアムが示唆した可能性。
それは、今の自分が持つ情報の信憑性を、大きく揺らがすものだったのだ。
自分が拓也たちと知り合ったのがつい最近だからといって、彼らが最近地球に来たとは限らない。
そのもっと前から、拓也たちはこの広い地球のどこかで長く暮らしてきたかもしれない。
もしそうだとしたら、拓也たちの言うことは……
顔を青くする実に、サリアムはその可能性をなんでもない事のように突きつけた。
「彼らがここで暮らしている間にも、私たちの国は絶えず変化している。彼らの言うことは、過去の国の姿だ。あの時の国は、確かに情勢がよくなかった。彼らが向こうに関わりたがらなくても、仕方ない状況だったんだ。だから、エリオスも君をここに逃がしたのだと思う。君が向こうに関わることのないように、細心の注意を払って。でも、今はもう違うんだ。村田君たちが危惧するようなことは何一つない。だから、私は君を迎えに来たんだよ。」
「なんの……ために?」
思いきって訊いた。
その瞬間、急にサリアムが実の前に膝をついた。
驚愕に目を剥く実に、彼は恭しく頭を垂れる。
「君が、どうしても必要なんだ。君にしか―――あの方を救えない。」




