母国への苛立ちと嫌悪
サリアムがその呪文を唱えた瞬間、どこからともなく現れた炎が派手に爆発し、その勢いのまま尚希を包み込もうとした。
だが、それは尚希が振り絞った力で自分の周りに張った結界に阻まれる。
「くっ…」
尚希は苦しげに呻いた。
炎の統治者が放った業火だ。
当然だが、その力は自分の力を大きく凌ぐ。
「………っ」
炎こそ自分を襲えてはいないが、結界内には熱風が吹き荒れていた。
熱風が頬をなぜ、肌を焦がしていく。
「力が強いことは、時に不幸だ。こうして、自ら苦しみを味わうことになる。あっという間に炎に飲み込まれてしまえば、一瞬で楽になれたのに。私の炎を防ぐとは、さすがは次代の四大芯柱候補だっただけはあるね。」
「ちっ…。嫌なことを思い出させてくれるね、まったく…っ」
尚希は顔を歪める。
確かに地球に来る前までは、自分もサリアムと同じように次代の四大芯柱候補として見られていた。
それを褒め称えた周囲とは逆に、自分自身は全然嬉しくなかったけど……
四大芯柱とは、国が重用する魔法使いのトップ。
絶対の地位と権力を約束された立場だが、その力の強さ故に、真っ先に国の犠牲になることを強いられる立場でもある。
言わば、都合のいい生け贄だ。
国のためには死ねても、あいつのために死ぬ気は全くない。
強くそう思っていた自分にとって、次代の四大芯柱候補という立場はむしろ煩わしいものだった。
この気持ちを理解して自分を哀れんだのは、皮肉なことに四大芯柱の一人であるエリオスだけだった。
そんなものなどいらない。
そうは思っても、自分が教えを受けていたエリオスは、知恵の園でも四大芯柱の中でも群を抜くほどの実力者。
そんな彼が初めて迎えた教え子だった自分は、自分が抱えるものの影響もあって嫌でも目立ってしまった。
さらに自分が持つ魔力の強さも相まって魔法の実力は周囲より圧倒的に高く、四大芯柱候補に挙げられるのは必然の結果とも言えた。
同じくエリオスから教えを受けていた拓也も、後の四大芯柱候補の一人として一目置かれていた。
この国はいつもそうやって、力の強い贄を選んでいるのだ。
思い出すだけで吐き気がする。
「くそ…っ。誰が、死んでやるか。」
ふと湧き上がった、大事な母国への苛立ちと嫌悪。
それが、瞬く間に反発力へと変わる。
「あんな奴の目的のために殺されるなんて、まっぴらごめんだ! お前がどう言おうと、実を渡す気も、大人しく死んでやる気もないっ!!」
叫んだ瞬間―――
ドォンッ
地響きのような音がして、リビングが大きく揺れた。
そして―――
「キース!!」
リビングのドアの向こうを激しく叩く音と共に、聞き慣れた声がした。
「拓也!?」
「馬鹿な!?」
尚希以上に、サリアムが動揺した。
それに呼応してか炎の勢いが落ち、結界にわずかな隙ができた。
尚希はそれを見逃さず、結界に潜り込ませていた魔力を一気に爆発させた。
それと同時に、拓也も外から結界に攻撃をぶつける。
狙ってしたことではなかったが、内と外からの同時攻撃はすさまじい破壊力となった。
サリアムの結界が、ガラスの割れる音をさせて砕け散る。
結界が壊された反動で、炎が嘘のように消える。
それを確認しながら、尚希はサリアムとの間合いを素早く詰めた。
「―――っ!?」
サリアムが瞠目する。
「―――油断大敵、だな。」
尚希は不敵に笑った。
「キース! ……あ。」
リビングに飛び込んだ拓也が、その場で固まる。
拓也が見つめる先では、尚希がサリアムの首筋に鋭利なナイフを突き立てていたのだ。
首の皮膚に潜ったナイフの先端は血管を破ったらしく、そこから血が一筋流れる。
「さて、どうする?」
尚希の皮肉な響きを込めた言葉にサリアムは顔を歪めたが、何を思ったのか、彼は急に笑みを浮かべた。
「どうするも何も……」
サリアムは、ナイフを握る尚希の手に自分の手を重ねた。
何がなんでも首からナイフを離す気がない尚希は、手に力を込める。
「こうなったら、仕方ないだろう?」
そう言って、サリアムは手に力を込めた。
尚希が力を込める方向―――自分の首に向けて。
「!?」
予想外のサリアムの行動に、尚希は抵抗を忘れた。
ざくりと皮膚を切り裂く、嫌な感触。
自分の手に飛び散る、温かい液体。
それに一瞬我を忘れてしまい、ハッとした時には、サリアムは目の前から消えていた。
「……え?」
ポカンとして、サリアムがいたはずの場所を凝視する。
逃げられたのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「あの野郎……」
あのくらいの傷、治すのは容易い。
さらに文句を言おうとしたが、それよりも先に緊張の糸が切れた。
腰が崩れて、尚希は床に座り込んでしまう。
極度の疲労が襲ってきて、もう指一本すら動かせなかった。
「キース、大丈夫か!?」
拓也が大慌てで駆け寄ってくる。
「拓也……お前、無事だったのか……ん?」
大丈夫だと答えようとした尚希は、そこで眉をひそめた。
「お前、なんでそんなにびしょ濡れなんだ?」
こちらを覗き込んでくる拓也は、全身を濡らしていた。
制服は皮膚に重たそうに張りついているし、髪の毛からも雫が落ちている。
「ああ……襲われた。」
「はあっ!? お前こそ大丈夫なのか!?」
「まあ、大丈夫だからここにいるんだけど。今回はさすがに、死ぬかと思ったよ。」
「………っ!?」
尚希は息を飲む。
あの拓也がここまで言うくらいだ。
ここに駆けつけてくるまでに、相当な激闘があったのだろう。
蒼白な顔で拓也を見つめる尚希に、拓也は「大丈夫だ。」と笑ってみせる。
「危なかったけど、奇跡的に助けてもらえたから。」
「助けてもらえた? 誰に?」
尚希の問いに、拓也はその笑顔を苦いものに変えた。
「―――多分、実。」
<第4章 交戦>END 次章へ続く…




