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世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第1部】日常の崩壊と覚醒
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水から伸びる魔の手

 日の落ちた住宅街の道を、拓也はとぼとぼと歩いていた。

 実を家に送り届けたのが、ついさっきのこと。



「今日は……ありがと。」



 家の門の前で実は礼を述べていたが、それが形だけのものであることは分かりきっていた。



 (しょう)(すい)しきった表情。

 あらぬ方向を見つめて、焦点も定まらない瞳。

 覇気のない声。



 本当は、礼を言う気力もなかっただろう。



「………っ」



 拓也は思わず歯噛みする。



 こんな時、もう少し安心させてあげられる言葉をかけてあげられれば……

 そう思わずにはいられなかった。



 しかし、そう言ってやれるほど事態は甘くない。



 相手は国の中枢なのだ。

 自分以上の力の持ち主などごろごろいるし、組織化しているだけあって隙がない。

 明らかに分が悪かった。



 現実がそうだというのに、実に何も心配いらないとは言えないではないか。

 そんな見え透いた嘘や気休めは、かえって実を不安にさせるだろう。

 実だって、そんな言葉は信じないはずだ。



 実は毎日のように、自分が狙われているという恐怖を感じているのだから。



 拓也は来た道を振り返る。



 実が心配で今日は泊まると申し出たのだが、大丈夫だと断られてしまった。

 押し切ろうにも、母親を巻き込みたくないと言われてしまえば何も言えない。



 大人しく引き下がったが、本当は今からでも引き返したい気分だった。



 自分がいない時に、実が襲われたら?

 疲れ切った実が、投げやりな選択をしてしまったら?



 そんな最悪の〝もしも〟が、頭を何度もかすめる。

 全身を満たす不安に、思わず一歩道を戻りかけた。



『お願い。何かあったら、すぐ電話するから。少し……一人にさせて。』



 (うつ)ろな実の言葉がよみがえって、拓也はその足を止めた。

 目を強く閉じ、一つ静かに深く呼吸をして、帰り道へと歩みを戻す。



 危険だからといって自分が張りついていれば、ただでさえ疲弊している実をさらに追い詰めかねない。



 どうしても気になるなら、実がいつ襲われても対応できるように自分が気を張っていればいいのだ。



 自分にそう言い聞かせ、近道をするために広い公園に入った。



 ここを抜ければ、マンションはすぐそこだ。



「―――っ!!」



 ぞわり、と。

 突如感じた恐ろしい気に、全身の皮膚という皮膚が(あわ)立った。



 何事かと思い、拓也は前方を見上げる。



 公園を取り囲むように植えられた木々の向こうに見える、自分が住んでいるマンションの影。



 そこから、身の危険を感じるほどに強い力が爆発していた。



 拓也は目を()らす。



 夜目が()いて青ざめた視界の中。

 マンションの七階。

 その角の部屋。



 そこから噴き出しているのは、二種類の魔力だ。



 一つは馴染みがある、他でもない尚希のもの。

 もう一つは―――



「まさか……サリアムが…?」



 思い至った瞬間、危機感がさらに大きくなる。



 衝突し合う二つの力は、ほぼ互角の威力。

 しかし、時々尚希の力がサリアムの力に押されている。



(助けに行かないと…っ)



 拓也は大慌てで地を蹴った。



 子供用のアスレチックや砂場を視界の端で見送りながら、徐々に近付くマンションを見て走る。



「うわあああああんっ」



 子供の泣き声が鼓膜を突き破る勢いで響いてきたのは、その時のことだった。



 前方に見える噴水の側で、小さな男の子が泣いている。

 その隣で、母親らしき女性が噴水に必死の(てい)で手を伸ばしていた。



 ふらふらとしていた女性の体が、ぐらりと噴水の方へ傾ぐ。



「危ない!」



 拓也はとっさに飛び込んで、彼女の体を支えた。



 彼女は拓也の腕に(つか)まり、なんとかその場に踏みとどまる。

 子供も、急に現れた拓也に目を丸くして泣くのをやめた。



「大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です。すみません。子供が、ハンカチを落としてしまって……」



 言われて、噴水の中へ視線を向ける。



 彼女の言うとおり、何かのキャラクターが描かれたハンカチが噴水の中に沈みかけていた。



「取ってあげようと思ったんですけど、この体じゃそれもできなくて……」



 女性は途方に暮れたように肩を落とした。



 妊娠している彼女のお腹は大きく出ていて、それが噴水の縁につっかえていたのだ。



 拓也はマンションを見上げる。



 力は依然、拮抗したまま。

 尚希がなんとか踏ん張っているのだろう。

 尚希を助けるためにも、こんなところで油を売っている暇はない。



 何も言わず、拓也はハンカチへ手を伸ばした。

 ハンカチの(すみ)を掴んで一気に引き寄せ、水から取り上げたそれを軽く絞る。



 そして、涙目でこちらを見ている男の子にハンカチを手渡そうとした時―――



 ドンッ



 衝撃が背中に走って、視界が大きく揺れた。



(……え?)



 視界の中に、自分の手から離れて宙を舞うハンカチが見えた。



「………っ!!」



 無意識に女性と子供に目をやった拓也は息を飲む。



 二人の視線は()(くう)をさまよい、その目からは生気が抜け落ちている。

 そして、彼女たちは妙に無個性な表情をしていた。



 嫌でも分かる。

 これは、暗示をかけられた人間がする目だ。



 はめられた。



 そう分かっても、もう遅い。





 噴水の水が、拓也を迎えるように伸びて―――音もなく、彼を飲み込んだ。





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