新たな出会い
目が覚めると、知らない部屋にいた。
勉強机とベッドにタンス、やたらと大きな本棚。
部屋の中にあるのはそれだけだった。
どことなく、殺風景な印象を受ける部屋だ。
窓には薄い水色のカーテンがかかっていて、カーテンの隙間からはオレンジ色の光が差し込んでいる。
どうやら、放課後のあの出来事からまだ二時間ほどしか経っていないらしい。
色んなことがありすぎて、感覚的には何時間も過ごしていたように感じるのだけど……
「いてて……」
頭に響く鈍痛に、実は呻く。
なんだろう。
あの幻のような記憶の世界で父を見てからの記憶が曖昧で、その後に何が起こったのかよく思い出せない。
ぼんやりと脳裏に浮かんでくるのは、あの真っ黒な世界で笑って抱き締めてくれた父の姿だけ。
(父さん……)
胸が、つきりと痛んだ。
拓也が言っていたことは本当だったのだ。
父のエリオスは、確かに異世界の人間。
そして、その子供である自分も間違いなく向こうの血を引いている。
否定したくても、もう否定できない―――……
「………っ」
実は、目を伏せて唇を噛んだ。
沈みかける心を振り払うように首を振って、次に辺りを見回してみる。
とにかく、今は自分がいる状況を把握しよう。
起きてからずっと気になってはいたのだが、ここはどこだろうか。
寝かされていたベッドから、フローリングの床へと足を降ろす。
あてもなく部屋の中をうろつき、目についた本棚に近寄ってみることにした。
本棚は、大小様々な本で隙間なく埋められていた。
自分も本を読む方ではあるけど、さすがにここまでとはいかない。
本の量に感心しながら、実は自分の身長よりも大きな本棚を隅から隅まで観察した。
自分でも知っているような本は、下の方に固まっていた。
真ん中から上部にかけて置かれている本は、古さが明らかに違うように見える。
背表紙には何も記されておらず、一見してどんな本なのか分からない。
ふと興味が湧いたので、適当な場所から本を一冊抜き出してみる。
厚い表紙を開くと、古びた紙の甘い香りが鼻を抜けた。
パラリと、ページをめくってみる。
「………」
途端に眉を寄せる実。
それも仕方ない。
本の中は、実の知らない文字でびっしり埋め尽くされていたのだ。
日本語や英語でないことは一目瞭然。
これがどこの言葉なのか―――今となっては、その答えも簡単に出る。
実は憂鬱な息を吐きながら、本に綴られた文字を見つめる。
瞬間、頭の中で文字が弾けた。
〈術の完成度の高さは、魔力の強さと集中力、そして起こる事象をいかに鮮明に頭の中に思い浮かべられるかによって左右される。どんな術でも、術者本人がありえないと否定した瞬間、効力を失う。〉
「……え?」
実は思わず、本から目を逸らした。
自分の脳のどこに翻訳機能があったのだろう。
目をこすり、もう一度本に向かってみる。
(……やっぱり読める。)
実は首を傾げながら、ページをひたすらにめくる。
これは、何が起こっているのだろう。
どのページを開いても、少し文字を見つめるだけで自然と言葉の意味が頭の中に入ってくるのだ。
不可解な現象に首を捻りながら本を流し読みをしていて、ふとした拍子に気付いた。
この本は、どうやら教科書のようだ。
文字ばかりのページの中に、たまに図や数式も記されている。
そうしてとあるページをめくった時、折り畳まれた紙切れが挟まれているのを見つけた。
(なんだろう?)
特に深くは考えずに紙を開く。
紙には几帳面に整えられた文字と、複雑な円形の模様が書かれていた。
色は赤と黒の二色。
拓也のノートの取り方は、昔からのようだ。
その紙切れの右下。
そこに、短いメモ書きのような文章があった。
他の文字に比べると、その文字は若干崩れていて斜めっている。
短いその一文を、実はゆっくりなぞった。
「―――〈疲れた〉」
「実?」
ぽん、と。
肩に手を置かれたのはその時。
無意識のうちにそちらを見ると、不思議そうな顔をしている拓也と目が合った。
「……わっ!?」
驚いた拍子に、本がするりと手から滑った。
派手な音を立てて本が床に落ち、本に挟んであった他のメモたちもバラバラと散らばっていく。
「あーあ……」
暢気な雰囲気で呟いた拓也が、本を拾い上げるために屈む。
「何をしてるのかと思ったら……読めたのか?」
「う、ううん。全っ然分かんない。」
とっさに嘘をついた。
かなり苦し紛れだったけど、拓也は疑う素振りを見せなかった。
「だろうな。」と一言返した拓也はメモをまとめて本に挟み、本棚へとそれを戻す。
そんな拓也のことを、実は複雑な面持ちで見つめた。
なんとなく、拓也に悪い気がしたのだ。
あの短い文章に、拓也がどんな感情を込めていたのかは分からない。
何も知らない自分が触れていいものとも思えない。
見てはいけないものを見た気がして、知ってはいけないことを知った気がして、少しばかりの罪悪感が胸に膨らむ。
罪悪感から拓也を見ていられなくなって、実はさりげなく顔を逸らした。
そこで、拓也の後ろに人がいることに気がつく。
背の高い男性だった。
歳は二十代前半くらいだろうか。
スーツを着ているからか少し大人びた雰囲気を感じるが、格好によってはもっと若く見えると思う。
爽やかで頼れるお兄さんみたいな印象を受ける人だ。
そんな彼は、目をまんまるにしてこちらを凝視している。
「あの……」
声をかけると、彼がずいっと近寄ってきた。
間近からまじまじと顔を覗き込んでくるその表情は、まるで珍しいものを発見したかのようだ。
「う…」
気まずくて、頬がひきつる。
本棚に寄りかかっていた拓也が動く気配を見せたのは、その時だった。




