自分を苦しめる術
「うわっ!」
勢いが余って、実と拓也は二人揃って道路に倒れ込む。
その後すぐに、拓也だけが身を起こした。
「実、大丈夫か!?」
「あ…つ…」
実は頭を押さえて呻いた。
頭痛がなかなか治まらない。
日光のまぶしさが目を焼いてくる。
外はこんなにも明るかったのか。
そんなことを思った。
頭痛と戦うことおよそ五分。
ようやく、痛みが耐えられるほどに落ち着いた。
「ふう……ひどい目に遭った。」
「まったくだな。」
実のぼやきに、拓也が苦笑を漏らす。
どことなく平和な空気に、自然と体から緊張感が抜けた。
助かったのだと。
今さらながらに実感が湧いてくる。
「なんだったの……あれ。」
「あれは……」
拓也が呟く。
何かしらの答えが得られるのだろうかと思って顔を上げた実は、全く想像していなかった拓也の姿に目を剥いた。
「拓也! それ…っ」
それ以上の言葉が続かない。
血の気が引いていく気分だった。
拓也の制服の袖が、大きく破けていたのだ。
そこから流れた血で制服はどす黒い色に染まり、拓也の手は赤く汚れている。
周囲を見ると、地面に点々と血が飛び散っているのが分かった。
拓也は青い顔をする実にきょとんとしたが、実の視線が腕に注がれていることに気付いて破顔する。
「ああ、これなら大丈夫だ。四大芯柱に盾突いてこの程度で済んだんだから、十分ラッキーだよ。」
肩をすくめた拓也が腕を押さえる。
その手から、淡い光が漏れ出した。
数十秒ほど経つと、拓也は腕から手を離す。
その時には、破れた制服から覗く腕には傷一つなかった。
制服や手についていたはずの血まで、綺麗さっぱりなくなっている。
実は軽く目を瞠った。
最初に比べれば、魔法を見てもそこまで取り乱すことはなくなった。
自分で言うのもなんだが、大きな進歩だと思う。
拓也は実の様子を見て、大丈夫だと判断したのだろう。
その表情を真剣なものにして口を開いた。
「実。さっきので、術の種類と術者が分かった。」
拓也の声につられて背筋が伸びる。
拓也は険しい口調のまま続けた。
「あの術は魂寄せっていって、相手の魂に呼びかける術だ。それに相手が応えれば、相手がどこにいようと自分の元へ呼び寄せることができる。相手の居場所が分からない場合、最初は広い範囲に作用させて、反応が得られた地域に徐々に範囲を狭めていくのが常道だ。相手の場所を特定するのにかなりの時間がかかるんだけど、多分この前実が大きく抵抗したことで、この辺りに本格的に狙いが絞られたんだろうな。本来は夢を媒介にする術なのに、こんな無茶な術のかけ方をするなんて……奴ら、相当切羽詰ってるみたいだ。」
「……奴ら?」
実は拓也に、それだけを訊き返す。
術の仕組みを理解するのは放棄した。
分かろうとしても、分からないものは分からない。
「術者は、セリシア・ルーン・アズバドル。国家魔法精鋭部の中で、四大芯柱と称されるトップの一人だ。四大芯柱は精霊統括者とも呼ばれていてな。精霊たちに認められて、一つの精霊の力を統治しているんだ。ちなみに精霊には火、水、風、土の四属性があるんだけど、通称〝セイリン〟と呼ばれるセリシアの統治領域は風だ。そして、セリシアはおれがいた国、アズバドル王国の第三王女でもある。」
全く知らない名前だった。
首を捻る実の前で、拓也は不可解そうに眉を寄せる。
「ただ……一つ、分からないんだよな。」
「何が?」
「いや……実にこう言うのも、酷な話かもしれないんだけど……」
拓也は独り言のように続ける。
「どうして実は、今までセリシアの声に応えずにいられたんだ? 実なら、確実に彼女の声を知っているはずだ。正直に言うが、実が彼女の声を無視するとは到底思えなくて……」
拓也の言葉は、途中から実の耳に入っていなかった。
彼女の声を、自分が確実に知っている?
心のどこかで知っているような気がしていたあの声を?
もしかして、やっぱり―――
「拓也……」
かすれた声で呼びかける実に、拓也は問うように小首を傾げた。
彼に、このことを話してもいいのだろうか…?
多少の躊躇いはあったが、実は意を決して拓也に話すことにした。
―――自分には、ある時点から前の記憶がないのだと。
拓也は最初こそ驚いていたが、こちらの話を聞いているうちに落ち着きを取り戻していった。
「なるほど。」
話を聞き終えた拓也は、何故か合点がいったというような顔をした。
彼は顎に手をやって、何かを考え込む。
そして―――
「実、状況が状況だ。本当はもっと待ってやりたかったが、そうも言ってられない。―――現実を、受け入れに行くぞ。」
顔を上げると同時に、拓也は実の顔の前にぬっと手のひらを突きつけた。
「な、何?」
「きっと、見れば分かる。」
拓也は静かに実の両目を塞いだ。
瞬間、実の体が糸の切れた人形のようにくずおれる。
倒れた実を支える拓也。
その口が微かに動く。
二人の体が、その場から消えた。




