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世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第1部】日常の崩壊と覚醒
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悪夢は夢を越えて……

 その日、実は一人でのんびりと帰路についていた。



 梨央は今頃、陸上部の練習に励んでいることだろう。



 いつもは(はる)()が一緒なのだけど、今日は用事があるということで一足早く帰っていった。



 地面に転がっている小石を蹴飛ばしながら進む実。

 その表情は、心なしか曇っていた。



 ここ最近、一人になると拓也が話したことばかり考える。

 今日も例外ではなかった。



 自分が知らない、別の世界。

 見えない力。

 魔法という、ファンタジー世界でしか聞かないような術。



 非現実的なことがごく普通に通用する世界が存在する。

 その事実を脳裏でなぞると、目の前に広がる世界がふいに(かす)んで見えた。



 自分の常識がひっくり返りそうだ。

 今までのことが全部夢だったらいいのに、と。

 そんな、どうしようもないことを考えてしまう。



 通い慣れた通学路は、意識しないで歩いても迷うことはない。

 実は、いつも通る十字路を左に曲がった。



「………?」



 違和感がする。

 道を間違えたのかと、最初はそう思った。



 反射的に周囲を見回してみたけど、見える風景は見慣れたもの。

 どうやら、道を間違えたわけではないらしい。



 なら、この違和感はなんだろうか。

 しばらく立ち尽くして、その違和感の正体に気付く。



 道が暗いのだ。

 空気もどこか違う。



 そして、体にまとわりつくようなこの緊張感。



 まるで、別の世界に入り込んでしまったかのような……



(―――()()()()?)



 そう思った瞬間、この空気がどんなものなのかが分かった。

 息を飲んだ実の首筋に、嫌な汗が伝っていく。



(あの夢だ…っ)





 ――――おいで。





 それと同時に、あの声が響いてくる。



「―――っ!?」



 思わず叫びそうになったところで、いつの間にか声が出なくなっていることにも気付く。



 実は、とっさに(きびす)を返して走る。



 元来た道を戻ればいいだけ。

 そう思ったのだけど……



(……あれ?)



 先ほど曲がった十字路に出ても、道の(かげ)りはなくならない。

 しかも、景色が一変している。



 住宅街に変わりはないが、明らかに自分がさっきまでいた道ではなかった。

 ひとまず学校を目指して走ってみるけど、進めば進むほどに道が分からなくなる。

 どこを何回曲がっても学校は見えないし、自分が想定した道にも出られない。



(くそ! 意味分かんないって!)



 実は、苛立ちも(あら)わに髪を掻き回した。



 ――――こっちに……おいで……



 呼びかけは続く。



 それには一切応えず、実はがむしゃらに走り続けた。

 (いく)()も角を曲がり、時にはひたすらまっすぐに進む。



 走りながら、ふとした拍子に実は気付く。



(ここ……さっきも通った。)



 もしかして、自分は同じ所をぐるぐると回っているのだろうか?



 まるで、出口がない迷路の中に閉じ込められたような気分。



 それでも対処法に見当がつかない以上、無駄だと分かっていても逃げ続けるしかなかった。



「うわ…っ」



 ふいに、足がもつれた。



 大きくバランスを崩して壁に激突する。

 そこで気力が尽きてしまって、ずるずると地面に座り込んだ。



 どれくらい走ったかは分からない。



 限界近くまで走り続けて動かなくなった体は、空気を求めて荒い呼吸を繰り返すばかりだ。





 ――――どうして、応えてくれないの?





 その時、声がそう訊ねてきた。

 思ってもみない展開に、実は少しばかり驚いてしまう。



 思えば、〝こっちにおいで〟以外の言葉を聞いたのは初めてな気がする。



 ――――もう、私に気付いているんでしょう? どうして、何も言ってさえくれないの?



 どうしてと言われても、声が出ないのだから仕方ないじゃないか。



 ――――私たち、あなたが必要なの。お願い、応えて。



(……もしかして、俺の居場所が分からないの?)



 はたと、そのことに思い至る。



 なるほど。

 そう考えるなら、今までの回りくどい方法も分かる気がする。



 もしも自分の居場所が分かっているのなら、とっとと捕まえに来ればいいだけの話だ。



 こちらは丸腰なのだから、そのくらい造作もないことだろう。



 ……だけど、分からない。



 どうして、彼女は自分を必要としているのだろう。



 ――――お願い…っ



 声に、悲痛さが帯びた。



 次に、目の前に見えている景色の一部が歪む。

 その揺らぎの中心から、細い手が現れた。



 ――――この手を、取って。



 ああ……もういっそのこと、この手を取ってしまった方が楽なのではないか。



 そんな気さえしてくる。





「―――実!!」





 その時突然、聞き覚えのある声が響いた。

 鈍麻しかけていた思考が、その声で()える。



(え? ……拓也?)



 心の声でも聞こえているのだろうか。

 拓也の声に、明らかな安堵が(にじ)んだ。



「よかった。聞こえてるな?」



 その言葉の後に、右の方から光が差した。

 そこを見ると、約五十メートル先の十字路が光っている。



「その光に飛び込め。そこから出られる。」



 拓也が言うそばから、変化が起こる。



 (すみ)からじわじわと、光が周りの暗い色に染められていくのだ。



「くっ…」



 拓也が苦痛の声をあげる。



「急げ、実……そう長くは、もたない…っ」



 それを聞いた実は、表情を引き締めて頷く。

 次に勢いよく地を蹴って、光に向かって全力で駆けた。



 ――――だめっ!



「―――っ!!」



 その瞬間全身に衝撃が襲ってきて、実は思わず片膝をつく。



 ひどい頭痛がする。

 光までは、あと三十メートル。



 ――――邪魔しないで!!



「うぐ…っ」



 拓也が(うめ)くと同時に、光が一気に(かげ)りに浸食される。

 だが、彼も必死の抵抗を見せているようだ。



 互いの境界線で、光と翳りは押したり押されたりを繰り返している。



 実はまた立ち上がる。

 ひどくなる一方の頭痛をこらえて、よろよろと光に向かって歩き出した。



 ――――だめ…



 一歩進むごとに、頭痛が増していく。



 後ろの手を取れば、もしかしたらこの苦痛から開放されるのかもしれない。

 それでも、頭痛に(あらが)いながら光の方へ歩みを進めた。



 今どの声に従えばいいかは分かっている。

 光まで、十五メートル。



 ――――お願い…っ



 後ろから必死な声。

 実はそれを振り切るように、必死に歩いた。



 頭痛はどんどん増していき、光の前に立つ頃には眩暈(めまい)も伴い始めていた。

 それから早く解放されたくて、光の中へと手を入れる。





 ――――行かないで!! お願いだから、私のところに帰ってきて!!





 その声を聞いた瞬間、心臓の高鳴りに足が止まった。

 思わず後ろを振り向きかけた瞬間、外からの力が自分を光の中に引きずり込む。



 この時拓也が手を引っ張ってくれなければ、自分はこの暗がりから出られなかったに違いない。



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