お怒り爆発
<第3章 過去に刻まれた罪>
首筋に汗が垂れていく、嫌な冷たい感触がする。
その不快感に、実はゆっくりと目を開けた。
まず感じたのは鉛のような体の重さと、たった今覚醒したばかりの意識を再び眠りの淵へと引きずり込もうとする睡魔だった。
眩暈にも似た視界の歪みに、目と頭が鈍痛を訴えている。
目をしかめながら、真上をぼうっと見つめる。
ベッドに寝かされているようだが、視界いっぱいに広がるのは見慣れない天井。
どうやら、ここは自分の部屋ではないようだ。
(ここ、どこなんだろ…?)
眠る前に何があったかを思い出そうとしたけど、思考が拡散していてなかなか考えがまとまらない。
少し粘ってみたが、答えに辿り着かないのですっぱりと諦めた。
とりあえず、体を起こそう。
そう思って全身に力を入れた、その刹那―――
「わっ!?」
突然、横から伸びてきた手に額を掴まれた。
そのまま、抵抗する間もなくベッドに押し倒される。
あまりにも唐突だったので、実は唖然として目をしばたたかせた。
状況を飲み込めずに固まる実に、手が伸びてきた方向から冷ややかな声が投げかけられる。
「まだ寝てろ。この馬鹿め。」
あからさまに〝不機嫌です〟と訴えている、よく聞き慣れた声。
その声を聞いてようやく我に返り、自分の額に乗っている手を慌てて引き剥がす。
「た、拓也…?」
視線の先では、拓也が声のとおり不機嫌そうな表情でこちらを見下ろしていた。
彼と目が合った瞬間に意識が冴えて、眠る前の出来事を思い出す。
それと同時に、どう反応したものかと困ってしまった。
この場合、何をどう言い繕ったところで拓也の機嫌が直るわけない。
少し悩んだ実が拓也に対してかけた言葉は、当然といえば当然だが、どこかずれているようなものだった。
「ここ、拓也たちの家……だよね?」
分かりきっていることを訊く。
拓也はそれに無言で頷く。
(うぅ……気まずい…っ)
少しだけ、目を覚ましてしまったことを後悔した。
拓也は、何も言わずにこちらを見ているだけ。
しかし、何も言わないからといってその存在を無視できるほど、今の拓也に漂う雰囲気は穏やかではなかった。
不機嫌そうな表情の下でかなりの怒りが渦巻いているのが分かる。
拓也にその怒りを隠す気は全くないらしく、むしろこの怒りを思い知れと言わんばかりに、分かりやすく怒りオーラを放ってきていた。
剣呑に細められた紺碧色の目が、それはもう怖いことで。
「えーっと……」
「………」
「ご、ごめんね?」
―――ピキッ
はっきりと、そんな音を聞いた気がした。
拓也の表情からはいまいち読み取れないが、何か地雷を踏んでしまったのは間違いないようだ。
うつむいた拓也が、椅子からゆらりと立ち上がる。
「あのなぁ……」
溜め息と共に呟く拓也。
妙に落ち着いて見えたものの、これが嵐の前の静けさであることは明白。
その証拠に、瞬く間に表情を険しくした拓也は飛びかかるような勢いで実の頭を掴み、そこに思い切り力を込めた。
「あだだだだっ。ごめん、ごめんってば!」
思わず暴れる実だったが、拓也には力を緩める素振りなど皆無。
「んな風に謝るくらいなら、初めから助けを求めるなりなんなりしろ! この馬鹿が! 一体、どんだけ心配したと思ってんだ!!」
「だから、ごめんって! とりあえず離して!」
「そんな頼み、誰が聞くと思ってんだ! このくらいじゃ、おれの気が済まないんだよ。反省しろ。このこのこの…っ」
「いったーい!」
「おーおー、やってるなぁ……」
二人の騒ぎ声を聞きつけたのか、開いたドアから尚希がひょっこりと顔を出す。
しかし、それにも構うことなく、拓也は実に制裁を与え続けている。
尚希はその様子に苦笑しながら二人に近付くと、拓也を実から引き剥がした。
「はーなーせーっ!!」
「はいはい。お前は少し落ち着け。」
拓也を自分の後ろに押し退け、尚希はこめかみを押さえながら体を起こす実を見下ろした。
「おはよう、実。丸三日眠り込んだ感想は?」
「うう、寝起き最悪……って、三日?」
ポカンとした表情で尚希を見上げる実。
都合よく顔を上げてきた実の額に、尚希はそっと手を当てた。
「あの、えっと……尚希さん?」
「……はぁ。」
実が困惑していると、尚希は深々と息をつく。
「だめだな、こりゃ。」
「………?」
「まだ熱が高いから、しばらくは絶対安静だ。」
「へ?」
一人で淡々と話を進める尚希に、実は思わず声をあげた。
話の流れが全く見えない。
「熱? 三日? 何がなんだか……ん?」
混乱して首を傾げていると、尚希の後ろで不穏なオーラが勢いよく噴き出した。
反射的にそちらを見ると、拓也が表面上は冷静な顔で怒りを迸らせていた。
(静かな分、余計に怖ぁ…。目、合わせないでおこう……)
とっさにそんなことを思って、さりげなく目線を彼方へ。
当面、拓也と話す時は言葉を選ぶようにしておこう。
「知りたいか?」
実の現実逃避を阻むかの如く、尚希が溜め息をつきながらそう告げた。




