崩れていく日常
拓也は、それ以上は言葉を重ねることなく帰っていった。
本当は彼とのやり取りなんてなかったことにしたかったのに、床に咲いたサルフィリアの花畑が現実逃避をさせてくれない。
『これはそのままにしておくから、好きなだけ確かめるといい。』
帰り際に、拓也がそう言ったのだ。
帰宅した詩織には激昂された。
何せ水分も取っていなければ、薬も食事も取っていなかったのだ。
怒られるのはもっとも。
しかし、実の耳には詩織の説教など一文字として入っていなかった。
実の視線も意識も、ただ詩織の足元に注がれていたからだ。
詩織は、あの花の中に足を置いていた。
あんなものをストッキングに包まれた足で踏んだら、怪我でもするだろうに……
ぼんやりとそう思う。
しかし、詩織は痛がる素振りはおろか、花を踏んでいる違和感に気付く様子さえない。
実は見た。
詩織の足元で、花が潰れることなく立っているのを。
花は詩織の足をすり抜けながら、踏まれる前と変わらない姿をさらしている。
きっと、クラスメイトが花を踏んだ時もそうだったのだろう。
あの時は花が潰れているという先入観のせいで、透けながら揺れる花が見えなかっただけ。
(母さんには、見えてないんだ……)
喪失感が全身を満たした。
今までの平穏が、音を立てて崩れ落ちていく。
もう―――戻れない。
実の絶望をよそに、花はただ揺れ続けるだけ……




