決意に生じた矛盾
今ここで消える。
そんな結論に至った実は、ただ穏やかだった。
「受け取って。これに、俺が今持ってる力の全部を込めてある。これを手放すと同時に俺は死んじゃうと思うけど……これは俺が望んで選んだ道だから、止めないでね。変な罪悪感を持つ必要もないよ。」
実はディライトの目の前まで歩を進め、ディライトの胸に剣をぽんと押し当てた。
「あ、最後に俺からのアドバイス。人間の魂と肉体でこの力を扱うには無理がある。だから、この力を受け取ったら、世界を作り変える前に自分の体を作り変えて。結構しんどいよ。本当に、立つこともままならなくなるから。」
「あ、ああ……」
「それと……可能なら、一つだけお願いがあるんだ。」
「お願い…?」
ディライトが繰り返すと、実の瞳に未練じみた懊悩がよぎる。
その瞳のまま、実は不安げに眉を下げてディライトを見上げた。
「父さんたちだけは……生かしてあげることって、できないかな? 父さんたちは、世界中の人を敵に回すって分かってても、俺を守ってきてくれたんだ。ディライトが言う穢れなんてもの、あの人たちは持ってない。だから……」
「………」
「それだけが……俺の、唯一の願いなんだよ。」
「………」
「だめ、かな…?」
「―――いや。」
実の瞳に涙が浮かび、それを見ていられなくなったのかもしれない。
きつく眉を寄せたディライトが、実の肩に優しく手を置いた。
「分かった。ルティ君の望みは叶えるよ。だから―――」
「そう……」
ディライトの発言を遮る実。
静かにうつむいた実は―――くすりと微笑んで肩を震わせた。
再び顔を上げた実が表情にたたえていたのは、聞き分けのない子供を前にするような、そんな困った笑み。
「どうする? もうできちゃったよ? 例外ってやつ。」
「!!」
こちらの指摘に、ディライトが動揺して言葉につまった。
今の決意を貫けるか試されたのだと。
こちらの微笑みを見て、やっとそのことに気付いたようだ。
まあ、あの結論は百パーセント嘘というわけでもなかったけれど。
「ねぇ、ディライト。腹をくくるのはいいことだけど、その前に自分のことを理解してあげなきゃ。切り捨て続けるなんて、ディライトには無理だよ。俺と一緒でさ。」
「そんなこと……」
「そう? じゃあ訊くけど……」
実は、とあるものを一瞥する。
「どうして―――いつまで経っても、剣を取らないの?」
訊ねた瞬間、肩に置かれたディライトの両手が大袈裟なほどに痙攣した。
自分はさっきから、取ろうと思えばいつでも取れる位置に剣を置いている。
それなのにディライトは剣に見向きもせず、いの一番に手を伸ばしたのはこちらの肩。
その行動が語る想いは明らかだ。
ディライトが迷いなく剣を取ったなら、自分は先ほど宣言したとおりに消えることができたんだけどな……
心が呟く本音は胸にしまっておき、実はディライトと向かい合う。
「目敏くてごめんねって感じだけど、ちゃんと見てたよ。俺が消えるって言った時、びっくりしちゃったでしょ?」
「………」
「それに、さっき何を言いかけたの? 父さんたちを生かしてあげるから、俺も消えないでって……そう言おうとしなかった?」
「………っ」
図星だったのだろう。
こちらから気まずげに顔を背けたディライトが、ぐっと奥歯を噛み締めた。
少し意地悪な訊き方だっただろうか。
しかし、事実を確認しているだけなので仕方ない。
自分が今ここで消えると宣言した時、ディライトは完全に想定外の状況に直面したかのように、両目を見開いて絶句していた。
これまでの自分の口振りから、自分を納得させられれば、当然のように自分も共についてくるのだと。
そう思い込んでいたのだろう。
そしてきっと、彼があそこまで驚いた理由はもう一つ。
「キリナミがどんな約束をしたのか、具体的には知らないけど……何があってもずっと一緒にいるって、そんな約束だったんだよね? だから、俺とディライトの魔力が一体化してるって分かった時、あんなに嬉しそうだったんだ。今の俺たちは、お互いに離れられない一蓮托生みたいな状態だもんね。キリナミの想いを受け継ぐ俺がディライトを残して消えるわけないって、そう思ってた?」
問いを重ねるごとに、ディライトの表情が追い込まれていく。
少し気の毒になってきたが、それでも自分は言葉を紡ぐことをやめない。
自分にこう言わせているのはディライトだ。
これ以上こちらの話を聞きたくないなら、黙って剣を取り上げればいい。
ただそれだけ。
ディライトの胸元から剣を離さず、実はまた口を開く。
「ディライト。仮に父さんたちを生かさないって言ったとしても……それ以前に、ディライトにはキリナミっていう〝特別〟がいるじゃん。キリナミを失いたくないから俺にも消えてほしくなくて、俺を引き留めるために父さんたちを生かしてくれるって言った。そういうことじゃないの?」
「………」
「認めたくないなら、質問を変えるよ。チェイレイでみんなを殺した時、一度はキリナミも殺そうとしたのに、どうしてもう一度キリナミを殺しに来なかったの?」
「!!」
この質問は、さすがにやり過ごせなかったらしい。
ディライトがハッとして息を飲んだ。
やはり、彼の根幹にはキリナミとの思い出やその想いがしっかりと残っているようだ。
(キリナミがディライトを封印した魔法の本当の効果は、これだったのかもしれないな……)
ディライトの様子を見ていて、ふとそう思った。
長い時間をかけて、この魂がディライトの想いに感化されていたように。
ディライトの心もまた、キリナミの想いに感化されていたのだろう。
人の想いを変えるのは、同じく人の想いだから。
「あの時に一番邪魔だったのは、キリナミだったはずだよ。さっさとキリナミを殺しちゃえば、ディライトを止められる人は誰もいなかった。それは、ディライトもよく分かってたと思う。どうして殺さなかったの? 一度は殺そうとしたくせに。」
「それ、は……」
「俺が邪魔しちゃったから? それは否定しないけど……そのせいで、ディライトがキリナミを殺せなくなっちゃったんじゃない?」
「―――っ!!」
確信を持って告げると、ディライトの表情からさっと血の気が引いた。
「ね? やっぱりそういうことだ。俺が邪魔してキリナミが助かって、キリナミを殺さずに済んだことにほっとしちゃったんだよね? だから、チェイレイの城を落とした後、キリナミの前から姿を消した。キリナミとまた向かい合うのが、怖かったんじゃない? キリナミを殺さなきゃいけない状況になるってのもそうだけど……今度キリナミに止められたら、自分の決意に迷いが生まれそうだったから。」
「………」
「それに疑問なんだけど、どうしてキリナミはディライトを見つけられたのかな? ディライトのことなら俺も散々捜したけど、全然見つけられなかったんだよね。あの状況で、探知魔法を頼りにディライトを見つけることは不可能。となると……ディライトがいた場所は、キリナミなら簡単に予想できる場所だったってことだよね。キリナミに会いたくなかったはずなのに、どうしてそんなに分かりやすい場所にいたの?」
「………」
「本当は、キリナミに止めてほしかったんじゃないの? キリナミが生き延びたことに安心した時点で、ディライトはきっと、自分には世界を壊すことができないって悟った。だから―――」
そこまで言った時だった。
「―――はぁ…」
深い溜め息が、ディライトの唇から漏れたのは。




