あの場所の実態
<第4章 転落>
昨日の騒ぎから一夜明けた朝。
エーリリテと拓也は、それぞれ疲労困憊といった表情で客室のソファーに座り込んでいた。
「つっ……疲れたわ。」
「ええ、本当に……」
「びっくりしたわよ…。キースにあんなことを言われた後に、本当に死人みたいな顔をした実が運ばれてくるんだもの。」
「………」
エーリリテの言葉を聞いた拓也の表情が曇る。
悔しいばかりだ。
実の暴挙を止められるほど近くにいたはずなのに。
昨日のことを思い出して黙ってしまった拓也を見て少し気まずくなったのか、エーリリテはわざとらしく大きな溜め息を吐いて見せた。
「まあ、それはそれとして…。私としては、キースの豹変ぶりに一番驚いたけど。昨日のキース、怖すぎよ。口調もいきなり荒くなるし、かなり殺気立ってるし。怖くて近付けなかったわ。」
「あー……あのキレ方は久々でしたね。普段、あそこまで怒ることってないし。」
拓也は苦笑する。
そんな拓也を見ていたエーリリテは、ふとした拍子に瞼を伏せた。
「そんなに……実が大事なのかしら。」
ポツリと零れたその言葉に、拓也は不覚にも驚いてしまう。
顔を赤らめて、視線を横に逸らすエーリリテ。
これは、つまるところ……
「ヤキモチですか。」
「誰がよ!」
思ったことを率直に口にすると、間髪入れずに言い返されてしまった。
だが、エーリリテの顔はトマトみたいに真っ赤。
暗にこちらの指摘が間違っていないと認めているようなもんだ。
「あの、顔に図星って書いてありますけど。」
「………っ」
言い返せないエーリリテは、ぐっと唇を噛んで拓也を睨んだ。
そんなエーリリテを真正面から見つめ返すのも申し訳ないので、拓也は目の前に置かれた紅茶を啜る。
(分かりやすいな、この人。)
なんとなく、実がエーリリテに対してあんな態度を取る理由が分かった気がした。
果たして、彼女は本当にあのエリオスの妹なのだろうか。
これが、育ってきた環境の差というやつか。
エリオスを間近で見てきただけに、そう疑問に感じざるを得ない。
「……危なっかしいんじゃないですかね。」
ティーカップがソーサーに戻され、微かな音を立てる。
小さく息をついた拓也の表情に、影が差した。
「実は違いますけど、おれたちは親元から離されて知恵の園で育ちました。もちろん、世話をしてくれる人はたくさんいます。……いや、世話というよりは洗脳ですかね。」
意識しないうちに口調に棘が混じり、皮肉めいた物言いになってしまう。
しかし、エーリリテはそれに異を唱えることはせず、複雑そうな表情でティーカップを見つめるだけ。
まあ、当然の反応か。
城が直轄している首都はともかく、それなりに離れた街では知恵の園のきな臭い噂がまことしやかに囁かれていると聞く。
ましてや、ここは師匠たるエリオスの実家。
知恵の園で育った本人から、何かを聞き及んでいてもおかしくない。
「従順な子供は可愛がられ、反抗的な子供は処分か魔法で洗脳。それが、あの場所の実態です。だから、おれたちはあの人たちを完全には信頼できないでいるんです。」
ここは、どんな子供でも無条件に包んでくれるほど優しい場所じゃない。
知恵の園で育った子供なら、よほどの平和ボケか洗脳された盲信者じゃない限り、その事実に気付いている。
そして、自分は外の誰よりもそのことをよく知っている。
だって自分は―――大人たちからの冷たい目と痛烈な言葉に、何度もさらされてきたんだから。
拓也は一度瞑目すると、脳裏を満たす過去の記憶を人知れずに振り払った。




