力がない世界
気付けば、街の大通りに立っていた。
いつもと変わらない風景だ。
(あれ…?)
何故こんな場所に立っているんだろう。
いまいち思い出せない。
「シェイラ?」
ふと、声をかけられた。
後ろを振り向くと、そこには買い物袋を持ったフェンが立っている。
「どうしたの? そんな所に突っ立って。お店は?」
「あ……えっと、や、休み。」
苦し紛れに答えると、フェンは特に気にする風でもなく微笑みを浮かべた。
「そうなんだ。じゃあ、この後家に来る? これから夕飯を作るところだから。」
「え? ……う、うん!」
頷くと、フェンは少し笑みを深めて隣に並んでくれた。
なんだか、昔に戻ったみたいだ。
嬉しい。
フェンの家に行って、久しぶりに彼の手料理を食べて、何気ない話をして。
楽しい。
幸せ。
まさか、こんな日が戻ってくるなんて。
そんな夢のような日々は、あっという間に流れていった。
でも……―――何かが物足りない。
「ねえ、おばさん。」
店に仕入れた商品を並べていて、ふと疑問を持った。
「どうしたの? シェイラちゃん。」
近寄ってきた店長のおばさんに、持っていた小物を見せる。
「これ、ここを加工すればもっと便利になると思うんだけど、どうかな?」
「そうねぇ……」
おばさんは私が持つ商品をしばらく見つめた後、にっこりと笑った。
「そうかもしれないけど、みんなこれで満足してるみたいだし、わざわざそんな労力を使う必要もないんじゃないかしら?」
確かに、それも一つの考え方。
でも、その言葉は私の中にとてつもない驚きと違和感を生んだ。
(あれ…? おばさんって、こんなことを言う人だった?)
そうだ。
足りない。
おばさんの〝もっと便利に〟って言葉がない。
お客さんから〝これってどうにかならない?〟という相談もない。
皆、現状に満足している。
だから〝ありがとう〟という言葉も、とびきり弾けるような笑顔もない。
何も……何も変わらない。
「なんで!?」
叫ぶ私に、フェンは困ったような顔をする。
「ご、ごめん。僕、何か怒らせるようなことをしたかな…?」
フェンの何も分かっていないような声が、余計に神経を逆なでしてくる。
「ごめんなさい。なんでもないの。」
口先ではそう言うものの、胸の中は激情で荒れ狂っていた。
苦しい。
つらい。
何がこんなにつらいのかは分からないけど、とにかく息がつまりそうでつらいの。
「ほんと、どうしちゃったの?」
フェンが気遣わしげに肩を支えてくれる。
「ほらほら。そんなに気張ってちゃ、疲れちゃうよ。」
諭すように告げたフェンは、次に優しく笑う。
「大丈夫。何も変わらないよ。僕はずっと、君の傍にいるじゃない。」
「………」
「みんな幸せだよ。これ以上なんていらないくらいに満たされてる。」
「……そうだね。」
「うん。だから、無理に今を変えようとしなくていいじゃん。」
「そう……かな…?」
そうかもしれない。
……いや、本当にそうなのだろうか?
皆がとても満たされている。
それは知っている。
なのに、どうして―――皆の顔が、仮面にしか見えないのだろう。
皆がいつもどおり、幸せそうに笑っている。
いつも変わらない、同じ顔で。
笑っているのに、その笑顔を見て寂しくなるのは何故?
私が満たされないのは、どうして?
「―――やだ!」
私は必死に頭を振った。
「やだ、やだよ! こんな世界、嫌! 私は、もっと色んな顔が見たいよ。あなたの怒った顔も、泣いた顔も、驚いた顔も。……あなたの心が全部欲しいの!!」
『力が一切働かない世界なんて、何も変わらない退屈な世界だよ。』
どこからともなく、そんな声が聞こえたような気がした。
そのとおりだ。
風が吹いたり誰かが蹴ったりしない限り、地面に転がったボールは静止したまま。
それは当然のこと。
人間だって同じなんだ。
外からの力だけじゃなくて、わがままや希望といった自分の中から涌き出る力もない世界は、こんなに虚しいんだ。
(つらいって、こんなに疲れることだったんだ。)
今さらすぎて笑える。
当然すぎて見えなかった。
―――でも、これが一番大事なこと。
わがままも希望も、大事な力の一つ。
そして、その力の一つ一つが自分という人間と世界を創っているのだ。
もう分かった。
よく分かった。
だから……
「帰る! 私は、私がするべきことをするために帰るの! ―――帰して!!」
心の底から叫んだ。
また、目の前に花びらが舞う―――




