力を嫌う少女へ贈る言葉
「!?」
エーリリテの宣言に、尚希とシェイラは瞠目した。
「エーリリテ、落ち着け。そんなこと―――」
「権力者の横暴だって!? 言うなら言いなさいよ! こんなこと、初めてじゃないわ。」
「なっ…!?」
エーリリテの言葉に、尚希は息を飲む。
「私が街の人や社交界で煙たがられてるのは、そういうことなの。昔も何人か、この街から追い出したことがあるわ。今さら私が何人追い出そうと、また領主の娘が臍を曲げたって言われるだけよ。」
「それは違います!」
エーリリテを必死に止めようとする尚希に、シェイラがそう言って加勢する。
「そんなことを言うのは、街外れの何も知らない人たちだけです。私たちは知ってます。街の人たちを守るために、エーリリテさんが汚れ役を買って出てくれてるって。警察じゃどうにもできないことを、そういう建前で解決してくれてるって。知ってます。知ってますから! だから!! お願いです……そんなことしないで……」
「じゃあ、どうすればいいの!?」
エーリリテが血を吐くように叫んだ。
「このままじゃ、シェイラが壊れちゃう。私、そんなの嫌よ。」
「ごめんなさい。でも、私はフェンやグランから故郷を奪ってほしくない。幸せになってほしいんです…っ」
「………っ」
泣いて訴えるシェイラを抱き締めて、エーリリテもぽろぽろと涙を流す。
二人で泣き始めてしまった彼女たちに、尚希は困ったように頬を掻いた。
「こんな状況でこんなことを訊くと、反感を買うのは分かってるんだけど……」
尚希は身を屈めてシェイラを目線を合わせると、ぽんとその頭を優しくなでた。
「ねえ、シェイラちゃんが好きなフェン君って、どんな人?」
「え…?」
「キース!」
ぱちくりと瞼を叩くシェイラと、尚希をたしなめるように声を荒げるエーリリテ。
しかし、尚希は引かなかった。
「無礼なのは分かってる。でも、オレは君の本当の心が知りたいな。フェン君ってどんな人? フェン君の、どんなところが好き?」
優しげに表情を和ませる尚希に、シェイラは何度もまばたきを繰り返した。
まただ。
また、不思議な心地がする。
尚希の柔らかな夕焼け色の瞳に、何もかもが吸い込まれていきそう。
涙も、恐怖も、意地も躊躇いだって―――
「私は……」
自然と、言葉が零れていた。
「小さい頃に、お父さんを亡くしました。去年まで生きてたはずのお母さんのことも、ほとんど記憶にない。一緒に遊んだ思い出もありません。私の隣にいたのは、いつもフェンとフェンの家族だった。」
思い返すことも忘れていた過去をなぞる。
「フェンはいつも傍にいてくれて、いつも私に笑いかけてくれた。お父さんやお母さんのことも、自分のことも話さない私だったけど……不思議なことに、私が落ち込んでるのかどうかってことは、誰よりも早く分かってくれてた。」
一度話し始めると、次々と言葉が連なって出てくる。
「私が落ち込んでると、とびきり甘いクッキーを焼いてくれた。一緒に作ったこともあった。あの時は床に落ちたバターで足を滑らせて、部屋中をクリームまみれにしちゃって。……ふふ。『今度はちゃんと、お片付けをしてからクリームを出さなきゃね。』なんて言って笑ったなぁ……」
「うん。それで?」
「でも、料理ばっかりするのは男らしくないって、近所の男の子にいじめられることもあった。それでもフェンは、絶対に相手を傷つけることはしなかったの。弱っちいってからかわれても、『弱くても、美味しいご飯でみんなを笑顔にできるんだよ。』って、誇らしげに笑ってて……あの言葉が、一番嬉しかった。無理に今以上を求めるんじゃなくて、今ある幸せを噛み締めて大切にしていこうって、そんなフェンが大好きだった。フェンがただ笑って傍にいてくれることが、私の何よりの幸せだった。」
大袈裟なものは何もない。
ただそこにいてくれるだけで、幸せになれる。
フェンは、そんな人だった。
「そっか。」
尚希は話を聞き終えると、何故かとても嬉しそうに目を細めた。
そして―――
「シェイラちゃん。君が嫌う力って、どんなもの?」
そう問うた。
「………?」
シェイラが目を丸くする。
「魔力や地位。そんな目に見えるものだけが、力だと思う?」
「あの、どういう……」
尚希の言葉に、シェイラは戸惑う。
「だってね。」
尚希は笑う。
その両手から光があふれ、次の瞬間―――
ぱあぁっと、部屋中に花びらと光の雨が降り注いだ。
「わあ…っ」
シェイラとエーリリテは、戸惑いも何もかもを忘れて、その美しい光景に見惚れる。
「君がまだちゃんとフェン君のことが好きみたいで安心したよ。オレは、遠慮なくこの言葉を贈ることができる。」
尚希は穏やかに語った。
「力っていうのはね、強さとか大きさが大事なんじゃない。大事なのは、力を求める理由とその使い方だ。そして、今の君は嫌っている力に頼らなきゃいけない時なんだよ。」
尚希はシェイラに向けて、そう告げた。
「君は力に頼らず生きていきたいと思うだろうけど、力なしで生きていくなんて無理だよ。広い意味では、生活の全てが力で成り立っているとも言えるんだ。考えることだって、体を動かすことだって一つの力。人を笑わせたり、泣かせたりするのだって力。そして―――人を変えるのだって、力なんだよ。」
「人を変えるのも……力?」
「そう。」
シェイラの呟きに、尚希は頷いた。
「例えば、グラン君に影響されてフェン君は変わったらしいね。それは決してグラン君だけの責任ではないと、オレはそう思う。グラン君が持つ強引だけどまっすぐな〝信念〟っていう見えない力に、フェン君はきっと心のどこかで共感したんだ。だから、彼は彼なりに〝このままじゃいけない〟と思って変わったんだろう。たくさんの力が働くから、変化が生まれて発展がある。世の中の技術も人の心も、根本的なものは同じさ。力が一切働かない世界なんて、何も変わらない退屈な世界だよ。きっとね。」
シェイラは、呆けたような顔で尚希の言葉を聞いていた。
心のどこかで共感したから変わった。
尚希のその言葉が、なんとなく理解できるような気がしたのだ。
『弱くても、美味しいご飯でみんなを笑顔にできるんだよ。』
フェンの言葉は、今でも自分の中に生きている。
あの言葉があったから、自分は今の仕事をしている。
小さな雑貨屋さん。
来る客は皆顔なじみというような店で売るのは、外から仕入れている商品だけじゃない。
時には客の要望を聞いて、オリジナルの商品を作ることもある。
そうやってできた商品は、たくさんの人々に笑顔を与えてきた。
そして、そんな日々を過ごすことは、ささやかでも確かに幸せだった。
尚希の言葉を借りるなら、自分はフェンの言葉を聞いた時に全力で共感したのだ。
今の自分を成り立たせているのは、昔にフェンがくれた言葉の数々。
それが力と呼べるものだと、尚希は言う。
―――本当に?
シェイラの心の揺らぎをよそに、尚希の言葉はどんどん続く。
「本当に、力なんて一切いらないのかな? 何も変化しない世界があったとして、君はそこで生きていけると思う?」
「え…」
「君がそう望むなら、ちょっと手間はかかるけど、この街だけでもそんな世界にしてあげようか? オレ一人じゃきついけど、実と拓也に協力してもらえば、できないことではないよ。ある種の催眠術みたいなものだし、オレたちにはそれができるだけの力がある。」
「そんな……」
「うーん、言葉じゃいまいち分からないよね。じゃあ、ちょっと見に行ってみようか。」
「―――っ!!」
優しく降り注ぐ花びらが、突如視界を遮る暴風へと変わる。
視界は、あっという間に闇に閉ざされてしまった。




